『犯人に告ぐ3 紅の影』 雫井脩介   ☆☆☆☆

あの素晴らしく面白かった『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』の続編。前作で斬新かつ緻密な知能犯ぶりを見せつけ、結局最後まで逃げ切ったリップマンこと淡野と巻島が、本書でついに対決する。いやが上にも期待感が高まってしまう。

前作では、振り込め詐欺の応用というこれまでにない誘拐事件のスキームを編み出し、警察と世間を意のままに攪乱した淡野だったが、今回の題材はネットテレビと恐喝である。恐喝と言うとなんだか芸がないように聞こえるが、単なる恐喝ではなくいわばスパイによる情報収集を最大限に活用した上で、誰も予想しなかった金の所在をピンポイントで狙うという、やっぱり淡野らしい天才的ひらめきを感じさせる犯罪である。これ以上言うとネタバレになってしまうので止めておく。

ネットテレビというのは、リップマンの捜査がなかなか進まない警察に対し急成長するIT企業のCEOが活用を持ちかけてくる。普通のテレビ番組と違って視聴者とのインタラクティブなやりとりが可能だし、役に立つかも知れない、というので巻島が出演するが、案の定、アバターを使ってリップマン本人が番組に参入してくる。刑事と犯罪者が番組の中、ネット越しに対話し、腹を探り合い、互いの思惑を読み合うというスリリングな状況に視聴率はうなぎ上り。巻島と淡野もこの番組でカマをかけたりミスリードしたりとギリギリの駆け引きを繰り広げながら、裏では新しい犯罪計画が進行する。大体そんなところが本書の趣向だ。

ただし、前半はかなりのページ数が淡野の身辺描写に割かれる。前作の淡野は正体不明で非常にミステリアスな存在だったが、本書では普段の生活ぶりから少年時代、裏の世界に入ったきっかけ、そして女性関係までが詳しく描かれる。そしてある女性と関わったことで淡野の心境が変化し、犯罪の世界からの引退を考えるようになり、「あれ? この話どうなるの?」と読者が戸惑い始めたあたりで新しいシノギ、つまり犯罪計画が持ちかけられる。そこからようやくクライム・ストーリーが始動する。

という流れからも分かるように、本書は実質淡野が主人公である。天才的犯罪者としてだけでなく、彼を取り巻く人々との関係性、つまり男として、友人としての顔も描かれていくが、虚無的、冷淡でありながらもどこか矜持を感じさせる彼の立ち振る舞いは、ヒールでありながらもある意味魅力的だ。

後半では新しいシノギをめぐって巻島と淡野が対峙することになるが、今回のシノギは前作の誘拐ほど複雑ではなく、仕掛けが豊富でもない。どこから金を獲るかというアイデアこそ大胆だが、それ以外はとってもシンプルな恐喝計画である。ただ先に書いたようにその合間にネットテレビでの腹の探り合いが挟まるので、そのあたりはとてもスリリングだ。巻島の反応を見て淡野はこう考えたが実は・・・みたいな面白さが横溢する。ページを繰る手が止まらない。

そして大きな波乱を含みつつ事件はようやく収束していくが、私見では、本書の弱点はこの収束部分にある。前作の誘拐事件での淡野の二重三重に張り巡らせたバックアッププラン、裏の裏をかく知略の冴えを知る読者にとって、今回の事件の詰めの甘さは驚きだろう。あの淡野がこんなことで失敗をするだろうか、と思ってしまう。どんな失敗かは書かないが、あまりにうかつな失敗であり、そして実際そこからすべてが瓦解していく。事前の読みも甘い。おそらく、それが引退を考えた淡野の現在の姿であり、だからすっぱり引退すべきだったということなのかも知れないが、読者としてはやはり前作同様にキレキレの淡野と巻島の対決を見たかった。

そんなこともあって、前作のように知能犯と警察の丁々発止の駆け引きがメインというよりも、淡野というアンチヒーロー的な犯罪者の肖像を描いた小説、という印象を受ける。犯罪者としてではなく一人の人間としての顔で締めくくられるラストの哀感が、その印象を強めている。

ところで淡野の物語は本書で完結するが、ラストはまたしても次への布石を感じさせる、すっきりしない終わり方だ。ワイズマンとポリスマンがまだ残っていて、特に本書で登場したワイズマンは淡野以上のアクの強さと強敵感を醸し出すヒールである。期待に胸を膨らませて、『犯人に告ぐ4』を待つことと致しましょう。

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