『眠狂四郎無頼剣』 三隅研次監督   ☆☆☆☆★

所有するDVDで再見。市川雷蔵の眠狂四郎シリーズ第八作目である。主な出演者は市川雷蔵、天地茂、藤村志保。

これはシリーズの中でも傑作と評されている作品で、特徴としては、眠狂四郎シリーズにしてはエロが控え目、格調高い本格時代劇の味わいがある、という点に尽きると思う。眠狂四郎シリーズは名優・市川雷蔵の名前のおかげで今や古典のイメージがあるかも知れないが、実際は結構イロモノで、B級テイストもたっぷりの時代劇なのである。が、本作においてはB級テイストは影を潜め、本格の肌触りがある。他の作品ではほぼ必ず出て来る、色仕掛けで狂四郎を誘惑してくる女刺客がいない。狂四郎が刀を一振りすると着物がバラっと落ちて女の肌が露出、なんてシーンもない。狂四郎の濡れ場すらない。そもそも色んな女優がたくさん出て来るのが本シリーズの常だが、本作にはヒロインの藤村志保しか出てこないのである。

それともう一つ、狂四郎の敵・愛染(あいぜん)を演じる天地茂の存在。これが大きい。愛染は一種のテロリストだが卑劣漢ではなく、大義名分を掲げ、欲深な商人たちの裏切りを許せず天誅を加えようとする。そのためにはどんな犠牲もいとわず、江戸を火の海に沈めようとするので狂四郎と対立するのだが、そんな冷酷非情さの一方で子供には優しく、律儀に少女との約束を守ろうとする。単純に善悪で割り切れない複雑な人間で、敵役ながら非常に魅力的だ。本作はこの愛染・天地茂と狂四郎・市川雷蔵が二つの極となって対立し、厳しい緊張を生み出すそのダイナミズムによって成立していると言っていい。

さて、あらすじは大体次の通り。ある日、油問屋の弥彦屋に賊が押し入って重要文書を強奪、弥彦屋に一万両を要求する。賊の正体は愛染(天地茂)率いる大塩一派の残党で、大塩一派は上方で貧民救済の義挙のために決起しながら、欲深な商人たちの裏切りによって幕府方に鎮圧された経緯がある。愛染は大塩一派の無念を晴らすため、弥彦屋、そして黒幕の老中・水野への復讐を目論んでいた。一方で、大塩一派が弾圧された時に死んだ角之助の仇討ちのため、角獅子芸人の女・勝美(藤村志保)と少年達も弥彦屋の命を狙っていた。が、弥彦屋も手下の侍たちを使って愛染一味に反撃。狂四郎は死んだ角之助に瓜二つであるため勝美に声をかけられたり弥彦屋の手下に襲われたりしているうちに、この三つ巴の争いへと巻き込まれていく…。

愛染は明らかに狂四郎の分身的存在、いわばドッペルゲンガーで、狂四郎と同じ円月殺法の遣い手である。狂四郎以外に円月殺法を使う剣士が登場するのはシリーズ初だと思う。そしていつも黒い着流し姿の狂四郎に対し、白い着流し姿の愛染。この鏡像同士の対決が本作をひときわ興趣に富むものにしているのだが、残念なことに本作の狂四郎はいつもより毒気が少なく、複雑な存在感を見せつける愛染に食われ気味だ。狂四郎は愛染にも、愛染の敵である老中側にも味方せず傍観するつもりだったが、復讐のため江戸を火の海に沈めるという愛染の計画を聞いて、無辜の市民を犠牲にするとは許せないと愛染の前に立ちはだかる。

この「無辜の江戸の民を犠牲にするとは許せん」という発言はいかにも正義の味方的だし、他にも勝美を襲った侍たちに「母と同じ女性(にょしょう)への無体は許せん」などと、きわめてまともなことを言ったりする。「女は抱くものと心得ている」とか「女を犯すのは慣れている」などとワルぶっている他の作品とは別人のようだ。本作の狂四郎は完全にいい人である。仇討ちをしようとする勝美に対して「気持ちは分かるが、女の手を血で汚すべきでない」などと忠告したりする。もともと狂四郎にはこういうところがあるのだが、本作ではそれが前面に出たために毒気がなくなり、無頼でクールな存在感がいささか後退している。そして愛染と対比させるためか、より「正義の味方」色が強くなっている。

本作の映像はどの場面をとってもしっとりと落ち着きがあり、格調高いが、クライマックスで愛染と狂四郎が瓦屋根の上、月光に照らされながら対決するシーンはひときわ美しい。黒の着流しと白の着流し、円月殺法と円月殺法がついにぶつかり合う。そして敗れた愛染の手から、少女に約束した贈り物がこぼれ落ち。愛染は江戸の八百八町を火の海に沈めながら、幼い少女との約束は守ろうとしたのである。この演出は見事だ。そしてラストシーンは、江戸を包む紅蓮の炎を見つめる狂四郎の横顔でエンド。

この終盤の素晴らしさが本作の評価を高めている大きな要因だと思うが、しかしこのフィルムは全体に品格があり、しっとりと美しく、本格時代劇の香気に満ちている。最初に書いた通り、シリーズの他の作品にみられるB級要素はほとんど見られない。エロと言えば、唯一藤村志保が裸で布団に寝かされているシーンぐらいだ。といっても首だけ布団から出していて何も見えない。その後窓から飛び出して川に飛び込む。おとなしいもんだ。

眠狂四郎シリーズはエロや猟奇要素も売り物の一つなので、それを期待するファンには物足りないかも知れないが、いつになく凛然たる気品に包まれたシリーズ中の傑作である。

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