『刑事ジョン・ブック 目撃者』 ピーター・ウィアー監督   ☆☆☆☆

ハリソン・フォード主演の有名作をHBO Maxで観た。過去、中途半端に鑑賞したことは何度もあるけれども、最初からきっちり観たのは今回初めてだ。ははあ、こんな話だったのかとようやく腑に落ちたわけだが、アーミッシュ村のシーンだけ何度も見ていた(特にジョンとレイチェルがラジオに合わせてダンスするシーンなど)私にとっては、結構新鮮だった。というのも前半、少年が殺人を目撃してしばらくは主人公ジョン・ブックが刑事として大都会フィラデルフィアで捜査するシーンが続き、牧歌的なアーミッシュ村とはかなり異なるアーバンなムードでいっぱいだからだ。やはり映画は全部見て判断しないといけないなあ。

さて、本作の公開は1985年。主演のハリソン・フォードは当時43歳で、『スター・ウォーズ ジェダイの帰還』の2年後、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』の翌年である。油が乗り切っている時期であり、まだまだ色気たっぷりでかっこいい。特に冒頭、担当刑事として登場し、レイチェル親子や自分の妹相手に憎まれ口を叩いたり、フィラデルフィアのストリートでギャング達相手に立ち回りを演じるあたりはまだやんちゃなハン・ソロの面影があって、うんうんあの頃のハリソン・フォードってこんなだったよな、と嬉しくなってしまう。

物語は大体次の通り。アーミッシュ村で暮らすレイチェル(ケリー・マクギリス)とサミュエル(ルーカス・ハース)の母子が旅行中、フィラデルフィア駅のトイレに入ったサミュエルが殺人を目撃する。担当刑事ジョン・ブック(ハリソン・フォード)はレイチェルの抗議にもかかわらず強引に二人を拘束し、妹の家に泊めて捜査を進めるが、サミュエルの証言から犯人が自分と同じ刑事であることを知る。それを上司に報告した途端暗殺されそうになったジョンは、陰謀が警察上層部にまで及んでいることを知り、安全のためレイチェルとサミュエルをアーミッシュ村へ送り届けるが、ケガのため倒れ、昏睡状態に陥る。レイチェルの家で介抱されたジョンは、しばらくアーミッシュの村人たちと生活をともにしながらフィラデルフィア警察の様子を探るが、彼のパートナーは殺され、やがて魔の手がアーミッシュ村にまで伸びて来るのだった…。

あらすじからお分かりの通り、一種のクライム・サスペンスものだが、どちらかというと犯罪捜査や銃撃アクションよりもアーミッシュ村での牧歌的な生活ぶりとレイチェルとの愛の行方がメインになっている。冒頭の殺人目撃シーンと、警察署内でサミュエルが犯人の写真を目にするシーンはスリリングで秀逸だが、ラストの銃撃戦は大した緊張感もなく凡庸だ。大体、いくらなんでも刑事たちがあんなギャングみたいな無法な襲撃はしないだろう。そういう意味で、クライム・サスペンスとしては尻すぼみの出来だと思う。

では、クライム・サスペンスにせずアーミッシュ村が舞台の恋愛ものにしてしまえば良かったのかというと、そうでもない。確かにアーミッシュ村でのジョンとレイチェルのラブストーリーは情感に溢れているが、ずっとあの調子だと平坦で小粒な恋愛映画になってしまったんじゃないだろうか。大都会フィラデルフィアの猥雑さとアーミッシュ村の清廉質素がいいコントラストになって、この映画独特の持ち味になっているように思う。対照的な二つの世界を同居させたところにこの映画の面白さがある。

前述した通り、この映画の核心はジョンとレイチェルの恋愛だが、肝心なのはこの二人はそれぞれ別世界の住人だということだ。フィラデルフィアの刑事とアーミッシュ村の未亡人という、まったく相いれない文化圏にいる二人が出会い、ほんの短い期間だけ交流し、愛し合う。この映画の美しさはその刹那性にある。言ってみれば、古典的なロミオとジュリエットのシチュエーションだ。身分の違いも家柄の違いも説得力を失った現代において、本作はアーミッシュ村という閉じた共同体を持ってくることで「禁じられた愛」を演出している。主人公ジョン・ブックは別世界をつかの間訪問した異邦人なのであり、彼はいずれ元の世界へと戻っていかねばならない。まるで中世のようなアーミッシュ村のたたずまいは、この設定に見事にマッチしている。

ただし『ロミオとジュリエット』と違うのは、ジョンもレイチェルも成熟した大人の男女であり、運命に抗っても無益だと知っているということである。だからジョンはレイチェルに近づくことを自制する。一方、レイチェルはこの刹那的な愛に身を委ねようとする。レイチェルが桶の水で髪を洗うシーンでは、扉を開けたジョンにレイチェルは裸の胸を隠そうともせず、挑むような視線を投げかける。とても印象的なシーンだ。ジョンは瞳をそらし、無言で立ち去る。

こういう中世的な時代がかったシーンが、この映画にはよく似合うのである。フィラデルフィアの都会に住む男女では、こんな古典的で控え目な感情表現は成立しないだろう。そしてまたこんな世界観だからこそ、クライマックス直前のあの熱い抱擁が活きて来る。

というわけで、本作は全体としては地味だし、なんとなく他でもありそうなストーリーだし、クライム・サスペンスとしてはショボいのに、なぜか心に残る映画である。それはおそらく、ジョンとレイチェルの心情がきめ細かに描写されているからだろう。

ところで今回初めて気づいたが、アーミッシュ村のシーンにヴィゴ・モーテンセンが出ている。セリフもないちょい役で、まだとっても若い。笑顔が爽やかだ。この頃はまだ無名だったんだろうか。もうちょっと彼が目立つ役だったらこの映画の見どころが増えていたかも知れないが、まあそんなことを言ってもしかたがない。こういう意外な発見があるのも、古い映画を観る楽しみの一つである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。