『白ゆき姫殺人事件』 中村義洋監督   ☆☆☆☆

日系のレンタルビデオ店(米国ニュージャージー州にはまだこういうものがあるのです)で購入した安価なDVDで鑑賞。Amazonで正規版を買わなかったのは、きっとそれほど面白くはないだろうと予想したからだった。原作の湊かなえは『告白』しか知らないが原作も映画もあまり好きじゃなかったし、ネットやSNSを題材にした映画は大体において皮相的で薄っぺらいものが多い。だからこの映画も暇つぶしのつもりで観た。

ところが、これが予想以上に面白かった。中村義洋監督といえば伊坂幸太郎原作ものの映画化が得意な人で、個人的には特に『ゴールデンスランバー』が好きなのだが、映画の雰囲気はかなり違うとはいえ、仕掛けが多く、トリッキーで、重いテーマを扱っても陰惨にならず、洒落た軽みがあり、根底にヒューマニズムがある、という中村監督作品の美点を本作もすべて備えている。

タイトル通り、題材は殺人事件である。ある化粧品会社の美人OLが殺される。その真相について色んな人々がそれぞれの観点で語るという、いわば「羅生門」スタイルの映画である。色んな人々とは、たとえば普段の被害者を知っていた会社の同僚や先輩たち。彼らは被害者だけでなく加害者と思われる人物も知っており、それは被害者の同僚なのだが、この「加害者」と被害者がどんな関係だったか、なぜ「加害者」は被害者を殺したか、などをインタビュアーに向かってとくとくと語る。その他、「加害者」の大学時代の友人、幼馴染の親友、両親、ご近所の人々、などが登場する。

ではインタビュアーは誰か。これがいわば本篇の狂言回しの役目を担うTVディレクター、赤星(綾野剛)である。彼は色んな関係者にインタビューして回って証言をまとめ、ワイドショーでセンセーショナルに扱う。番組は話題になり、彼は我が世の春を謳歌する。彼はTVディレクターといってももともと派遣社員で立場が弱く、大した仕事もできず局ではハンパ者扱いされ、ツイッターでラーメン屋レポートをするだけが自己主張の場といううだつが上がらない男だった。が、たまたま元カノが事件の関係者で、まっさきに詳しい情報が入ってきたことから関心を持ち、ツイッターで呟くと皆に注目されて有頂天になり、ようやくおれにもチャンスが巡ってきたとばかりにのめり込んでいく。

というわけで、赤星が色んな関係者に次々とインタビューする形で映画は進んでいくが、その中で、複数の関係者が同じ出来事を語るシーンがたびたび出て来る。たとえば事件当夜の会社の送別会の模様(被害者と「加害者」が両方出席した)、その後被害者が「加害者」の車に乗り込むところの目撃情報、「加害者」が異常なダッシュで駅の階段を駆け上るところ、オフィスで被害者のボールペンが盗まれた事件、「加害者」が大事にしていたマグカップが割れた事件、「加害者」がつきあっていたとされる係長が手作り弁当をたべていた目撃情報、などなどである。

もちろん、証言者が推測で語る殺人現場の様子もたびたび出て来る。そして当然ながら、それらのシーンは語り手によってディテールが微妙に異なる。『羅生門』とまったく同じだ。語り手の都合がいいように改竄されているのである。これが面白い。

更にこの映画では、証言の紹介だけじゃなくそれがTV番組で編集されるとどうなるか、も見せてくれる。証言が更にエディットされ、声が変わり顔にモザイクが入り、テロップが入る。再現ビデオを見てコメンテーターが注釈をつける。司会者(生瀬勝久)がしたり顔でコメントする。そうすると、またしてもイメージが変わる。更に安直に、視聴者をある方向へ印象操作する内容になってしまうのだ。こうして、「加害者」(と証言者が勝手に名指しした)城山美姫(井上真央)が間違いなく殺人犯、という世論が醸成されていく。

そして当然の帰結として、城山美姫はネットで誹謗中傷の嵐にさらされる。ワイドショーでは伏せられていた名前がただちに公開され、顔写真がアップされ、子供時代のエピソードから近所の噂話までが面白おかしく暴露される。この映画ではツイッターがネット住民の声を代表しているが、無責任な噂が人を追い詰めていく怖さ、ネットという責任者不在の媒体の怖さが生々しく表現されている。

そして最後は、それまでのすべてをひっくり返す意外な真相が明かされる。その意味では、本作はミステリ映画としての骨子をきちんと守っている。それまで何度も繰り返された(推測まじりの)事件の再現が最後には犯人視点で行われ、すべての伏線を回収していく。中村義洋監督お得意のスタイルだ。

そういう意味で、本作はなかなか贅沢な映画だと思う。多視点的叙述の面白さ、無責任な噂とネット炎上のメカニズムへのアイロニー、そしてミステリ的な謎解き、という三つの趣向が組み合わされている。

こういう映画なので各キャラクターもかなり作り込まれていて、それらを演じる俳優陣の芝居も面白い。まず、なんといっても中心人物・城山美姫を演じた井上真央がいい。このチャーミングな女優が「地味で、これといって特徴のない女の子」を演じるのである。そんなわけないだろと最初は思ったが、前半部分の演技、特にダッシュで階段を駆け上がるシーンなどは見事なまでのブス演技で、本人としてもチャレンジングな芝居だっただろうと思う。本当にどんくさい女の子の雰囲気を発散している。しかもそれが、ラストシーンあたりではまた変わってヒロイン・オーラを出している。

対する美人OL・三木典子を演じた七尾はその真逆で、まさに美人オーラ全開、光り輝くような美貌を周囲に見せつけるキャラクターだ。おまけに人柄も良く、謙虚で、誰にでも好かれる、と最初はあり得ないほどの理想形なのだが、これもまた話の進行とともにだんだん変わっていき、とんでもない女になっていく。ここまで外見と内面のギャップが激しい女っているんだろうか。個人的には心当たりがないが、やっぱりいるんだろうな。

そしてこの物語の語り手にしてワイドショーの作り手、更にSNSの発信源でもあるディレクターの赤星を演じる綾野剛。色んな人に取材する立場であり、色んな人と色んな絡みを披露するおいしい役である。おまけにいつものクールなイケメンじゃなく、軽薄で情けないキャラなので余計においしい。演じていても楽しかったんじゃないだろうか。最初は上司に小突き回され、何かと言えば謝ってばかり。同僚(後輩?)の染谷将太にも冷静に突っ込まれる立場。それがワイドショーが当たって大喜びするが、最後には土下座する羽目になる。おかしいのは最後に城山美姫と出会うシーンで、あれだけ仕事で扱っておきながら気づかない。赤星のツッコミ役である染谷将太もちょっとしか出てこないが、やっぱりおいしい役どころである。

という風に愉しめるポイントが多く、名作とは言わないまでも私は大変好感を持った。同じ中村監督の伊坂幸太郎原作映画と同じように、パズルを組み合わせていくようなトリッキーな作劇で、色んな仕掛けが施されている。

それにネットの醜さ、軽薄さ、救いようのなさをこれでもかと描いてはいるものの、ひどいですね世の中は、とシニカルに放り出して終わりではなく、信じられる人を持つことの大切さとかすかな救いも同時に描いている。だから最後、観客は暖かい気持ちで映画を観終えることができるのです。

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