『恋しくて』 村上春樹・編訳   ☆☆☆☆

以前から持っている中央文庫のアンソロジーを再読。村上春樹が編んだ恋愛小説のアンソロジーである。

さすがにハイレベルな作品が収録されていて、普段は恋愛小説をほとんど読まない私でも十分愉しむことができた。収録作はマイリー・メロイ「愛し合う二人に代わって」、デヴィッド・クレーンズ「テレサ」、トバイアス・ウルフ「二人の少年と、一人の少女」、ペーター・シュタム「甘い夢を」、ローレン・グロフ「L・デバードとアリエット――愛の物語」、リュドミラ・ペトルシェフスカヤ「薄暗い運命」、アリス・マンロー「ジャック・ランダ・ホテル」、ジム・シェパード「恋と水素」、リチャード・フォード「モントリオールの恋人」、村上春樹「恋するザムザ」、の全十篇。

本書はもともと、「愛し合う二人に代わって」と「甘い夢を」を偶然続けて読んだ村上春樹が、今どき珍しいストレートなラブストーリーだと新鮮に感じ、こんなラブストーリーばかり集めてアンソロジーを編んでみたいと思ったものの、さすがにそういったものはなかなか見つからず、結果的にストレートなものや捻ったものなど色んなテイストの作品を集めた恋愛小説アンソロジーになった、ということらしい。村上春樹自身があとがきでそう説明している。だから本書は甘酸っぱい恋の真っただ中にいる初級者から、おとなの恋の駆け引きにたけた上級者まで、誰もが愉しめる作品集になっているはずとのことだ。

十篇それぞれについて簡単に感想を書いておきたい。まず冒頭のマイリー・メロイ「愛し合う二人に代わって」は、村上春樹が本アンソロジーを編むきっかけとなった作品の一つで、つまり村上春樹が言うところの「今どき珍しいストレートなラブストーリー」である。確かに、なかなか気持ちを打ち明けられない幼馴染同士の物語であったり、作品が醸し出す甘酸っぱい情緒はストレートなラブストーリーそのものだ。

が、とはいってもそこは現代文学、それだけじゃない。幼馴染の二人が長い期間を通じて「代理結婚」を務めるという設定がユニークで、現代的でもあり、それこそが本作品のキーだと思う。二人は、愛し合っているが何らかの事情で(男が兵役で戦場に派遣されているなどの理由で)結婚式を挙げられないカップルのために、代理で結婚式を挙げるという一種のボランティア活動に従事するのである。これが登場人物にも読者にも複雑な感情を掻き立てる、実に小説的な仕掛けとして機能している。

次のデヴィッド・クレーンズ「テレサ」はとても短い、子供の世界を描いた小品だが、にもかかわらずかなり複雑な味わいを持っている。極端な肥満児で、そのことにコンプレックスを持っている少年がクラスメートの少女を好きになって尾行し、色々と妙な光景を目にする。光景の意味は完全には説明されず、不穏なさざ波を読者に中に残したまま終わる。いかにも村上春樹がセレクトしそうな作品だ。

トバイアス・ウルフ「二人の少年と、一人の少女」は、再び甘酸っぱい系の恋愛小説。二人の少年と一人の少女がいて、少年の一人と少女はカップル、もう一人の少年は二人の親友でよくつるんでいる、というシチュエーションだ。ある時、少女とつきあっている方の少年が家庭の事情でしばらく遠方に行くことになり、その間、彼のガールフレンドともう一人の少年がしばらく二人だけで過ごすことになる。

あまりにも微妙なシチュエーションである。本書はその残された少年視点で描かれているが、彼は皮肉屋を自認し、また周囲からもそう見られている少年で、そのことがこの甘酸っぱい物語に捻りを加えている。もちろん、彼は親友とつきあっている女の子にある種の感情を抱いている。いやー、甘酸っぱい。それから本書収録作は全部そうだけれども、この短篇もちょっとしたものに思いを仮託したり、行動で仄めかす心理描写の巧さが光る。

ペーター・シュタム「甘い夢を」はもちろん、タイトル通り甘いやつだ。「愛し合う二人に代わって」とともに、村上春樹が本アンソロジーを編むきっかけとなった作品である。ある若いカップルの幸福な日常が丁寧に描写され、最後に、二人がたまたま出会った老作家が二人の印象を語るところで終わる。つまり、最後だけ視点がカップルから、そのカップルを外から眺める人物に移動する。老作家は二人を見て、「まだ人生というものを何一つ知らない頃」だと言う。

村上春樹の注釈によれば、若い二人の幸福の中にも色々と不穏なものが見え隠れし、二人の未来を暗示しているとのこと。だからもちろん、本作はタイトル通りに「甘い夢」だけを描いたものでは決してない。私はこの短篇を読んで、レイモンド・カーヴァーの傑作短篇「何もかもが彼にくっついていた」を思い出した。

ローレン・グロフ「L・デバードとアリエット――愛の物語」は比較的長めの短篇で、内容もかなり長い歳月にわたって展開する。元水泳選手の詩人と富豪の娘が主人公で、娘の父親は彼をゲイだと思って嫌う。また物語の背景では、スペイン風邪が猛威を振るっている。二人の出会いから子供を持つまでが時系列に沿って描かれるという、短篇でありながら大河ドラマの風格を持つ一篇である。

次のリュドミラ・ペトルシェフスカヤ「薄暗い運命」は、うって変わってごく短い小品で、ある悲惨な状況の女のスケッチといっていいだろう。が、悲惨な話であるにもかかわらず、この小品のラストでヒロインは幸福の涙を流す。とても奇妙だ。ペトルシェフスカヤはやたらと暗い話ばかり書く作家らしい。

アリス・マンロー「ジャック・ランダ・ホテル」は比較的長い作品である。主人公の女性は若い女と逃げた夫を追いかけてオーストラリアに行く。そこで夫の手紙を見つけて、相手になりすまして夫と文通する、という、これまた奇妙なストーリーである。予測できないストーリーが展開し、じりじりとクライマックスに上りつめ、鮮やかに反転して着地する。実に見事だ。ヒロインは最後逃げ帰るのだが、その後の結びがまたトリッキーだ。まさに小説の達人の手による名品で、個人的には本書中ナンバーワンだと思う。

次のジム・シェパード「恋と水素」は、少し前の時代を舞台に、飛行船ヒンデンブルグ号の乗組員であるゲイカップルを題材にした、かなりの変わり種だ。ヒンデンブルグ号は爆発事故で有名だが、このゲイカップルの行動が悲惨な事故につながっていく顛末を描く。

リチャード・フォード「モントリオールの恋人」は、本書の中でも間違いなく「おとな向け」作品の最右翼である。ある不倫カップルの最後の逢引の情景を描く。場所はモントリオールのとあるホテルで、男が泊っている部屋に、突然女の夫が電話してくる…という展開で、一見ありがちな展開に見せかけて鮮やかなうっちゃりを喰わせる手際が素晴らしい。描写が細かく、プロットは予想外の展開を見せ、一筋縄ではいかない心理描写と駆け引きが織り込まれている。きわめて洗練された短篇で、ジム・ジャームッシュあたりのスリリングな短篇映画を観ているよう。

そしてラストを締めくくるのは、村上春樹「恋するザムザ」。タイトルから分かるようにカフカ「変身」のパロディ、というか後日談で、要するに虫になったザムザがある朝人間に戻ったという設定でスタートする。家には誰もおらず、町はドイツ軍が侵攻してきて非常時。そんな状況下、ザムザは家にやってきた錠前の修理人にしてせむしの娘に恋をする。人間であることはややこしく大変だが、それもまたいいものだ、とザムザが思うところで終わる。いかにも村上春樹らしい雰囲気で、ビザールでありながら洒落ている。カフカっぽい雰囲気はまったくない。ストーリーはまあまあ面白いが、やっぱり思いつきで書いたようなつかみどころのなさを感じさせる。

以上、ざっと十篇の印象と感想を書いてみたが、私のフェイバリットを選ぶとするなら「ジャック・ランダ・ホテル」「テレサ」「モントリオールの恋人」「甘い夢を」あたりになるだろう。特に「ジャック・ランダ・ホテル」の出来は完璧に近い、とすら思う。

ちなみにこの不思議なタイトルは、「ジャカランダ・ホテル」をある人物が聞き間違えたものだ。センスの良さに唸る。

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