『不毛地帯』 山本薩夫監督   ☆☆☆★

これも『暖簾』と同じく山崎豊子原作。1976年公開、3時間の大作で、DVDで観ると途中で休憩が入る。

物語の題材は商社の仁義なきビジネス戦争だけれども、ただビジネス界が舞台になっているだけでなく、主人公が商社マンになるまでの過去の物語として、彼が戦後シベリアで11年間の虜囚生活を送った部分にもかなりの尺が割かれている。ネットを検索すると、この主人公はある商社の元会長がモデルだと出て来るが、原作者は色んな人を参考にしていて特定の誰かがモデルではないと言っているようだ。

さて、この長大な物語を要約すると大体次のようになる。第二次大戦中に大本営参謀だった壱岐(仲代達矢)は、親友の川又(丹波哲郎)を助けたためにロシア軍の捕虜となり、厳しい尋問を受けた後シベリアで11年間の虜囚生活を送る。ようやく日本に帰国した二年後、もう自衛隊の仕事はやめてとの家族(八千草薫・秋吉久美子)の希望を受け入れて近畿商事に入社。防衛庁絡みの仕事はしないとの約束で繊維部門担当になるが、彼の経験と人脈を利用したい社長(山形勲)や専務(神山繁)の画策で、また旧友・川又からの要請もあって、防衛庁絡みの戦闘機ビジネスに巻き込まれていく。

戦闘機の候補は東京商事が扱うグラント社と近畿商事が扱うラッキード社の一騎打ちとなり、すでに東京商事の鮫島( 田宮二郎)の裏工作でグラント社に決まっていたが、壱岐が銀行を絡めた巧みな工作でひっくり返す。戦いはエスカレートし、壱岐は政治家(大滝秀治)を通して働きかけながら部下を使って防衛庁の役人(小松方正)から極秘資料を入手するが、検察が動き、壱岐の部下や防衛庁の役人が逮捕され、壱岐も厳しい事情聴取を受ける。またラッキード戦闘機が事故を起こして危機に陥った時には、新聞社に手を回して記者(井川比佐志)が書いた記事を潰す。しかしついに検察の手が社長にまで及ぼうとした時、近畿商事は壱岐の猛反対を押し切って防衛庁から不正に入手した極秘資料を提出、そのせいで川又は防衛庁を追われることになる…。

この後かなりシビアな展開になるが、そこは観てのお楽しみということにしておこう。

まあ、とにもかくにも豪華キャストである。仲代達矢、丹波哲郎、小沢栄太郎、八千草薫、藤村志保、秋吉久美子、仲谷昇、山本圭、北大路欣也、田宮二郎、大滝秀治、加藤嘉、中谷一郎、高橋悦史など、錚々たるメンバーだ。壱岐と川又の家族だけでも八千草薫、藤村志保、秋吉久美子と主演クラスの女優が三人も出て来る。この手の山崎豊子原作モノに欠かせない小沢栄太郎と田宮二郎は当然いるし、山本圭や北大路欣也みたいな俳優が端役で登場する。オープニング・クレジットを見ているだけでものすごく期待感が膨らむ。

が、実際に物語が始まると、前半では主人公たる仲代達也がどうも冴えない。なんだかいつもぼうっと放心状態にあるみたいな表情で、いやに覇気がない。クールさを演出したかったのだろうか。どんな人物なのかよく分からないのである。

それからシベリア時代の描写も多いが、尋問や強制労働の辛さが分かる程度で、ストーリー的にはさほど内容がない。シベリア・ロケの映像を見せたかったのかな、という印象すら受ける。壱岐が商社に入ってからもニューローク、ロスと海外ロケが続くが、やっぱり海外の映像を見せてスケール感を出そうとしているようだ。加えて、本物の戦闘機映像や戦争中の記録映像も多くインサートされる。それはそれで悪くないのだが、どうもそれらが物語の牽引力に繋がっていない。正直、私はいささか退屈だった。

そして後半、壱岐が人が変わったように戦闘機ビジネスにのめり込んでいくあたりからようやく面白くなる。が、前半あれだけぼうっと覇気がなかった男が、まるで豹変したように仁義もモラルも顧みず商売を獲りに行く男になる。いい夫にして父親だと思っていたら、家族からも激しい非難を浴びるようになる。あいかわらず壱岐が何を考えているのかよく分からない。

ただし商社間の各種工作の仕掛け合いはさすがにスリリングで、引き込まれる。いったんグラント社に決まっていたものを銀行に働きかけ、金を引き出せなくすることでひっくり返すなど、緻密な取材を踏まえてストーリーを作る山崎豊子ならではのディテールだなと感じるし、防衛庁の資料に振ってある通し番号の意味や、その裏をかく方法、いざ検察の捜査が入った時の対応など、生々しい迫力がある。

そしてその果てに、川又が防衛庁を辞職することになる。彼が官房長、つまり上司である小沢栄太郎と真っ向から衝突し、つかみ合いまで演じるシーンは物凄い迫力で、本作のハイライトであることは間違いない。それまでたまりにたまった憤懣をぶちまけるように「お前のような人間が官房長でいることが諸悪の根源だ」みたいなことまで言ってしまう。さすが丹波哲郎、上司だろうが何だろうが遠慮はしない。言いたいことはハッキリ言う。古だぬきの親玉みたいな小沢栄太郎もたじたじである。

丹波哲郎演じる川又は、この魑魅魍魎みたいな連中ばかりの中で首尾一貫して信義を重んじ、国家を憂うまっとうな人物で、彼が登場すると観客は救われる思いがする。見ていて爽やかだ。しかしそれだけに、終盤の展開はショッキングである。その川又が、結果的にもっとも大きな犠牲を払うことになるのだから。

政界の大物を演じる大滝秀治も、風格を感じさせるいい芝居をしている。壱岐の相談を飄々と聞きながら工作に手を貸し、しかし検察が動き始めるとシビアな表情も見せる。彼は仲代達也と違って、生々しい人間の存在感を漂わせている。一方、ちょっと拍子抜けだったのが田宮二郎で、『華麗なる一族』『女系家族』ではとんでもない食わせモノぶりを見せた彼が、この映画ではおとなしい。出番はそれなりに多いが、あまり大したことをしない。大滝秀治の家へ突然やってきて金を置いていくぐらいである。

それともう一つ、前に書いた通りこの映画では実録写真や映像がインサートされたり、秋吉久美子が長々と安保批判をしたりする。山本薩夫監督自身の考えでありメッセージなのだろうが、やっぱりああいうナマのイデオロギーを出してしまうと作品の力は弱まってしまう。秋吉久美子の安保批判のセリフなど、家族の会話の中でいきなり監督が主義主張を始めたような違和感があり、興ざめしてしまうのだ。作品にメッセージを込めるのはいいが、作品の力をもって語らせる、つまり観客が自ら読み取るようにしなければならないのだろうと思う。

くしくも前回『モラルの話』の記事の中で、「メッセージがあってもプロパガンダに堕することなく、尽きせぬポエジーを溢れ出させる小説も可能なのだと思い知らされた」と書いたが、この映画では残念ながらうまく行っていない。なかなか難しい。

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