『愛の昼下がり』 エリック・ロメール   ☆☆☆★

しばらく前に買ったロメールのブルーレイ・ボックスで、「六つの教訓話」シリーズの最終話『愛の昼下がり』を鑑賞した。本作はまず「プロローグ」と題された部分があって、その後本編の物語に入っていくが、そのプロローグの最後に「六つの教訓話」の一話から五話に出演した女優が全員、ちょっとずつ出て来る。全員単なる通行人の役だけれども、主人公フレデリックの妄想の中で、通りでいきなり声をかけられて従順についていくという役柄である(最後の一人、ベアトリス・ロマンを除いて)。このフレデリックの妄想を映像化したシーンはなかなか愉しくて、まるウディ・アレンみたいなエスプリと茶目っ気を感じさせるシーンだ。

さて、ストーリーは大体次の通り。小さな会計事務所を共同経営者と二人で経営する既婚者のフレデリックは、情熱的に恋して一緒になった妻にもはや何も感じなくなり、道行く女がみんなキレイに見え、彼女たちを誘惑する妄想に耽る日々。そんな彼の前に突然、昔の知り合いだったクロエが現れる。もともとそれほど好きだったわけでもなく、執拗にオフィスへやってくる彼女を最初は警戒するが、押しかけてきたり急に来なくなったりという気まぐれな彼女に翻弄されているうちに次第に惹かれ、やがてクロエと逢引を重ねるようになる。

ある日クロエも彼を愛していると告げ、子供が欲しいという。ところが二人目の子供が生まれたフレデリックは、再び妻に愛情だけでなく性的な欲望も感じるようになる。そしてクロエのアパートでついに彼女から誘惑された時、何も言わずに逃げ出す。そしてそのまま家に帰り、あらためて妻に愛を告白し、二人は昼下がりの愛を交わすのだった…。

例によってアイロニカルなストーリーだけれども、今回は実のところ、『コレクションする女』や『クレールの膝』の時にようにはピンと来なかった。よく分からない部分が多い。まずなんといっても、フレデリックが再び妻に欲望を感じるようになった理由がよく分からない。二人目の子供が生まれたからだろうか。確かに二人目の子供が生まれてフレデリックの奥さんは若くなった、きれいになったとみんなから言われるが、だからフレデリックの情熱が戻るというのはおかしい。彼女はもともとキレイであり、だからこそフレデリックも恋し、結婚したわけだが、夫婦の日常生活がそんな情熱を冷ましてしまっていたはずである。よく分からない。

フレデリックが、さほど関心がなかった(というよりむしろ警戒していた)クロエに惹かれていく過程は面白い。エピソードの展開や心理描写が丁寧だし、男の心理としてリアリティがある。ただあれで肉体関係がないというのが、どうしても不思議だ。二人で何度も逢引しているが、最後の最後まで一線を越えようとしない。おたがいいい大人だし、クロエは奔放な女なのに、一体どうしてだろう。クロエにしてみればフレデリックはただの友達で、フレデリックの片思いなのか。にしてはいやにベタベタしているし、妻に嘘つきながら逢っているし、途中で「もうやめましょう」などと言って口論になったりして、どう見ても不倫関係である。大体、クロエも途中でフレデリックを好きだと告白している。

実のところ、私は当然二人は肉体関係を持ったものとして映画を観ていたのだが、そうすると最後の、ついにクロエがフレデリックをベッドに誘うシーンが破綻する。ついにフレデリックの夢(というか妄想)がかなう、という場面でなくなり、ただ愛人に飽きたフレデリックが妻のもとに戻るというだけの話になってしまう。だから、あの二人はあの瞬間まで肉体関係がなかったと考えないと物語が成立しない。しかし、あの二人の関係でそれもまた不可解だ。

それとも、フランス人の男女の友達づきあいはああいうのもアリなのだろうか。腑に落ちない。

というような理由により、どうも本作のストーリーは私にとって謎である。それが一番の不満だが、ついでに言うとクロエはどう考えても面倒くさい女で、惹かれていくフレデリックにほとんど感情移入できない。まあこれは、私の趣味の問題だけれども。

とはいえ、もちろんロメール監督らしい才気を感じさせる美点も、このフィルムは色々と持っている。最初に書いたが、やっぱりフレデリックの独白で進行するプロローグ部分が面白い。パリのあちこちの風景をさしはさみながら、電車の中の読書についてや、田舎より都会が好きであること、今では自分の女性の好みが分からなくなったことなど、自分の内面を告白していく。

たとえばプロローグの中でブティックにセーターを買いにいくエピソードがあるが、探している色がなくて女性の店員に声をかけると、彼女は他のセーターを勧めて来る。絶対買わない、と断っていたフレデリックだが、試着して店員に「とても良く似合う」と褒められると、あっさり買ってしまう。そして家に帰ってきて妻に、セーターを買ったことをくどくどと、妙に言い訳がましく説明する。こういう部分の微妙なアイロニー、ギャグまでいかないけれども妙なおかしさをはらんだ心理描写は、ロメールの独壇場である。

そしてもちろん、パリの街並みやアパートメントの中を臨場感たっぷりに描き出す瑞々しい映像もいつも通りだ。私はロメール監督の映画はモノクロよりカラーの方が好きだが、「六つの教訓話」の中でカラー作品は『コレクションする女』、『クレールの膝』、そして本作の三つ。その中でパリの風景を映しているのは本作だけだ。そういう意味でも、ロメール・ファンにとって見逃せないフィルムだと思う。

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