『ボーダーライン』 デニ・ヴィルヌーヴ監督   ☆☆☆☆

iTunesのレンタルで鑑賞。デル・トロ主演のアクション映画で世評が高いことは前から知っていたが、予告を見ると麻薬カルテル絡みのソルジャー部隊ものみたいな雰囲気で、どうも気が乗らなかった。武装集団同士がマシンガンを打ち合うアクションものにはあまり興味がないのである。が、デル・トロ・ファンとしては観ておかねばなるまいと思ってついに観たら、予想を裏切る素晴らしい映画だった。なるほど、これは傑作だ。やっぱり気になる映画は観ておくべきなんだなあ。

主人公はエミリー・ブラント演じるFBI捜査官、ケイト。彼女とそのチームがテロリストのアジトに踏み込むシーンから映画は始まるが、この冒頭シーンからすでに異常な緊張感が漂っている。硬派でスリリングなアクションだけでなく薄暗いアジトの不穏さ、気味悪さ、ヒリヒリするような臨場感、ビニールに入った死体がごろごろ出て来る衝撃など、神経が弱い人にはちょっとお勧めしづらいほどだ。

この後ケイトは上司に呼ばれ、麻薬カルテル対策チームのマット(ジョシュ・ブローリン)に引き合わされ、彼のチームとともにメキシコに飛ぶ。チームにはコロンビア帰りの正体不明の男アレハンドロ(デル・トロ)もいるが、彼らの素性もスキルも作戦の方針もさっぱり分からず、ケイトは戸惑うばかり。やがて彼らはメキシコの公道でいきなり銃撃戦を始めたり、違法な拉致や尋問を行い始める。ショックを受けたケイトはマットやFBI上官に訴えるが、相手にされない。そして法もルールも倫理もすべて無視してカルテル撲滅に邁進するチームの行動が更にエスカレートする中、ケイトはようやくアレハンドロの正体を知る…。

とにかく、重たく不穏なムードが全篇に立ち込めている。この映画のもっとも顕著な特徴はそれで、ヒロインが投げ込まれる状況が常に極度と不安と緊張を強いるものばかりなので、観ているこっちも気分がどんどん重くなっていく。胃が痛くなりそうだ。

ケイトを取り巻くキーパーソン達もまったく救いにならない。まず、ジョシュ・ブローリンがものすごくイヤだ。いきなりサンダル履きで会議室にふんぞり返るこの男、傲慢そうで、フランクに見せかけて実は人を小馬鹿にしている感じをビンビンに発散している。そして実際、ヒロインをまともに相手にしていないことがだんだん分かってくる。こんなのが上司だったら毎日が地獄だ。

そして、マットの協力者にしてミステリアスな男、デル・トロ。顔と目つきが異常にコワいが、飛行機に乗って居眠りしている時にうなされたりして、よく分からない。行動が過激なくせに何も教えてくれないところはマットと同じだが、途中でヒロインが絶体絶命のピンチに陥った時にどこからともなく現れて救うところなどはえらくかっこいい。怖そうに見えて結構イイ奴かなと思えてくるが、最後の最後にアブナさ全開になる。

というわけで、相当にストレスフルな映画である。最後まで観ると主人公はエミリー・ブラントでなく実はデル・トロであったことが分かるが、あまりにダークヒーローなので、もし彼が最初からメインだったら観客は誰も感情移入できないだろう。だから監督は観客が感情移入できるキャラクターとして、まっとうな正義感と倫理観と常識をもったケイト捜査官をメインに設定した。この設定は非常に巧妙で、めざましい効果を上げている。本作が傑作となった最大の理由はこれだと思う。私達観客は彼女の目を通して、マットやアレハンドロの常軌を逸した世界観、そして戦いのルールを徐々に発見していくのである。

ちなみに、本作に続いて続編の『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』も観たが、そっちにはエミリー・ブラントに相当するキャラがいない。だから観客はワンクッション置くことなく、直接マットやアレハンドロの行動を眺めることになる。世界観や雰囲気はそっくりなのにはっきりと出来が劣る原因は、それだと思う。

そしてクライマックスのアクションシーンはもうはっきりとデル・トロの独壇場である。どんな良心の呵責とも無縁な、復讐のマシーンと化した男の凄みを見せつける。強力だ。

クライマックス後のエピローグ部分で再びケイティ捜査官が再登場し、彼女の部屋にアレハンドロが訪ねてくる。これまでのダークさと緊張感を中和するような、ちょっとイイ感じで終わるのかなと思ったら全然逆で、冷たい目で拳銃突きつけてくる。ハードボイルドのダメ押しである。こうしてこの映画は、ハードボイルドの極北を見せつけながら終わっていく。

ヒロインであるケイティ捜査官は結果的にかなりかわいそうな扱いだが、わずかな救いとなっているのが彼女の部下である黒人の弁護士である。彼もまっとうな良識の持ち主で、ケイティと彼のコンビが観客代表としてこの物語に向き合っている。もし彼がいなかったらケイティがかわいそう過ぎる。

ところで観終わって思い返してみると、これほどシャープでノワールなアクション映画なのに、実は意外とアクション・シーンが少ない。垂れ流しでなく、ツボを押さえたアクション設計がなされているのだ。その代わり、アクションがなくても緊張感漂うシーンが多い。ケイティとマットのチームがメキシコの街中をずっと車で走るシーンなどがそうで、特になんてことないにもかかわらず強烈なテンションがみなぎっている。

ヴィルヌーヴ監督は『ブレードランナー2049』と『メッセージ』を撮った人だが、この二作品と本作のイメージがあまりに違うので最初は驚いた。『ブレードランナー2049』と『メッセージ』はいってみれば凝りに凝った映像で魅せるSF作品で、ストーリーも単純なアクションものでなく形而上学の匂いがする。一方、本作はハードな銃撃戦が売り物の麻薬カルテルとの戦争。が、実際に観てみると本作はもっと懐が深い映画で、アクションものとして見ても十分愉しめるものの、一味違う。あのヴィルヌーヴ監督の作品だと知って、そのことがなんとなく納得できる気がした。

 

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