『隠し剣 鬼の爪』 山田洋次監督   ☆☆☆☆

山田洋次監督の、いわゆる「藤沢時代劇三部作」の第二作目。今回日本版ブルーレイを購入して再見したが、やっぱりいい映画だ。ちなみに三部作の一つ目は真田広之主演の『たそがれ清兵衛』、三つ目は木村拓哉主演の『武士の一分』で、一般には『たそがれ清兵衛』の評価が一番高いようだが、私はこの『隠し剣 鬼の爪』の方が好きである。『たそがれ清兵衛』のあの息詰まるほどの厳しいリアリズムとストイシズムが薄れ、ユーモラスな描写やほっこりするロマンスなども入ってよりエンタメ的になっているが、といっても時代劇としてのディテールへのこだわり、奥行きのある美しい映像と風物詩、役者たちの華と存在感、そして芳醇な日本酒のように全篇を貫く清涼感など、どれをとっても一級品だと思う。

まず、主演の永瀬正敏と松たか子がいい。というか、私がこの映画の好きなのは大部分、永瀬正敏という役者の魅力に負っていると言っても過言ではない。山田洋次の時代劇三部作に共通するのは、主人公が皆、普段は周囲から軽んじられている存在という点だが、生真面目過ぎてなんだか観ているのがきつかった真田広之に比べると、永瀬正敏はサラリーマン的官僚の哀愁を漂わせつつも、どこか飄々とした風情があり、主人公としてより魅力を感じる。この役者さんはもともとそんなにイケメンでもなく、ちょっと田舎のあんちゃんみたいな朴訥さが味なのだが、それが、無骨ながら凛然とした佇まいの本作の主人公・片桐によくフィットしている。

おまけに、永瀬にはちょっと不良っぽいところもあって、本作の主人公も『たそがれ清兵衛』みたいにひたすら忍従の人ではなく、(表立ってではないが)どこか上司に逆らったり反抗的だったりする雰囲気があるので、それを自然な人柄として感じさせるのに役立っている。こういう、「この人は芯がある」と観客に感じさせる素質は主演俳優にとってすごく大事だと思う。いくらリアリズム映画でも、主人公が卑屈一辺倒では気が滅入ってしまうというものだ。本作ではそのあたりの造形が実にうまく、たとえば片桐がきえ(松たか子)を虐待する商家から救い出すシーンなど実に痛快で、思わず拍手喝采したくなる。やっぱり時代劇にはこういう遊び心も欲しい、というのが私の本音なのです。

さて、永瀬正敏が無骨ながら凛然とした佇まいの片桐を演じる一方で、その思慕の対象となるきえを演じるのが松たか子である。全般に受け身の芝居である松たか子だが、やはり彼女の可憐さと品の良さが永瀬の無骨と好対照になって、映画を華やかに膨らませている。きえは貧しい家庭出身の女中だが、まっすぐで思いやりがあって、しかも賢い娘である。片桐は彼女のことを「妹にように思っている」と何かにつけ口にするが、本当はこの娘を愛している。そのことは観客の目には最初から明らかなのだ。だからこそ、この二人が木の下に並んで腰を下ろし、会話するラストシーンに溢れる幸福感といったらない。

それから主人公・片桐の親友として吉岡秀隆が登場するが、彼も非常にいいケミストリーを作り出している。無骨で時にはムチャをする片桐に対し、彼は柔和な常識家である。なかなか結婚しない片桐とは対照的にきちんと結婚し(結婚相手が片桐の妹なので片桐の義弟になる)、家庭を支え、いつもこぎれいな身なりで、時には片桐に忠告を与えて暴走を抑える役回りだ。彼がいるので片桐が周囲からそれほど孤立しているように見えず、この映画に一種の疑似家族的な幸福感を与えている。もちろん、彼の妻で片桐の妹である田畑智子もいい。嫁に行く前はいかにも頼りない娘なのに、嫁にいってからは妙にしっかりして見えるとか、そういう部分がこの映画の豊饒さだ。

次に、どうしても触れないわけにはいかない緒形拳。悪役である。悪役だけど人間的魅力があるとか度量があるとかではなく、まさに唾棄すべき人物。観客の憎悪を一身に引き受ける役である。こういうのを緒形拳がやるのは珍しいのではないだろうか。とにかくこの人物の卑劣さ、傲慢さと、片桐がそれに天誅を下すラストが勧善懲悪的、というかあれはもう完全に「必殺」であって、それがこの映画のエンタメ色を強めている大きな原因の一つである。悪役に緒形拳を持ってきたのは、もしかしたら「必殺」ファンへの目配せだろうか。

いずれにしろ、この役に重鎮・緒形拳を持ってきたことで、映画がぐっと締まったのは間違いない。この大物俳優が、本当に憎たらしい権力者を楽しそうに演じている。

そしてもう一人、ワンシーンにしか登場しないが絶大なインパクトを残すこの人、田中邦衛。やっぱりこの人はいい。いわばカメオ的出演で、片桐を一方的に怒鳴りつける頑固者の叔父さん役で、「飛び道具はダメだ!」「そんなことだから嫁ももらえん!」と、あの口調で言いたい放題。「お言葉ですが」と冷静に理を説く永瀬正敏と吉岡秀隆を相手に、さらに理不尽なセリフを怒鳴り散らす。そして最後、酒があると言われた途端に目の色を変えて去っていく。もう最高である。

なんだか役者の紹介ばかりになってしまったが、ストーリーは簡単に言うと片桐が嫁入り先で死にそうになっていたきえを助け出して自分の家に(女中として)住まわせ、そのせいで噂になって周囲からあれこれ言われ、いつまでも結婚しないので更にあれこれ言われ、ついに「私はいつまでも旦那様にお仕えしとうございます」といって涙を流すきえを無理に里に帰す。やがて江戸に行った友人・狭間が謀反を起こして幽閉されたと聞き、藩のお偉方に呼び出されて色々訊問される。やがて狭間が脱走して民家に立てこもった時、藩内有数の遣い手である片桐が討ち手として選ばれる。かつて同門の仲間、そして自分と同等かそれ以上と言われた遣い手の狭間を、果たして討ち取ることができるのか…。

タイトルの「隠し剣 鬼の爪」とは、片桐だけが師から伝授された秘剣で、謀反人の狭間は自分が継承者に選ばれなかったことを根に持っている。これがどんな剣かというのはなかなか出て来ず、最後の最後になってようやく判明する。そういうミステリ的楽しみもある。

しかしやはり、この映画はいい役者たちのケミストリーと物語の膨らみ、豊饒さが魅力だと思う。久々に見た緒形拳の悪役は迫力があるし、田畑智子は可愛らしいし、謀反人の妻を演じた高島礼子は色っぽくて哀れだ。永瀬正敏と松たか子は言うまでもない。ふくよかで情感溢れるいい時代劇を観たいなあという人に、心からおススメします。

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