『殺人課刑事』 アーサー・ヘイリー   ☆☆☆☆☆

アーサー・ヘイリーの遺作『殺人課刑事』を再読。前作『ニュースキャスター』はテロリストによる誘拐事件が題材で、終盤には銃撃アクションまであるという読者サービスぶりだったが、本書ではついにシリアル・キラーを追う殺人課刑事が主人公になった。銀行や電力会社や自動車メーカーという比較的ドラマになりにくい組織で奮闘する企業人の苦闘を、業界情報をたっぷり盛り込みながら描くのがヘイリー作品の特徴だったが、そういう意味では本書は一見ヘイリーらしくない、いかにも普通のミステリである。凶悪な連続殺人事件を捜査する刑事たち。エンタメの王道だ。が、そんな中にもやはりヘイリーらしさは見え隠れし、何よりも生来のストーリーテラーとしての才能が『マネーチェンジャーズ』『ニュースキャスター』と同等かそれ以上に発揮されているために、実にずっしりと読み応えのあるエンタメ小説になっている。

とにかく、異常なまでにサービス精神旺盛な小説だ。シリアル・キラーものとしても緻密かつ委曲を尽くした、色んなサブプロットや仕掛けを盛り込んだ贅沢なストーリーになっている上に、ヘイリーらしく警察組織や刑事という仕事に関する情報を巧みに織り込んで、小説世界に厚みを与えている。

まず構成が凝っている。本書は、処刑直前の連続殺人犯が主人公のエインズリー刑事に会いたいと要求してくるところから始まる。これがプロローグなのだが、物語の時系列でいうとちょうど真ん中ぐらいで、そこから時間を遡ってまずは過去の捜査が語られる。つまり殺人事件の発生、謎、捜査、容疑者絞り込み、推理、意外な展開、劇的な逮捕劇、という一連の流れであり、事件の残虐さといいヨハネ黙示録に絡む見立て殺人といい、これだけで優に一冊のシリアル・キラーものとして成立する内容だ。特徴は、冒頭ですでに犯人の名前が明かされているという点。だから「意外な犯人」の驚きだけはないが、そのかわり捜査陣が犯人に接近したりまた離れたりという試行錯誤をハラハラしながら見守るサスペンスがある。

で、事件は一件落着し、その数カ月後に冒頭シーンの告白へとつながるわけだ。連続殺人の中のひとつだけはその死刑囚の仕業ではなく、正体不明のコピーキャットの犯行だったという衝撃の告白である。そしてここから後半の、第二の物語が始まる。

エインズリー刑事と部下たちはもちろん死刑囚の告白を鵜呑みにするわけではなく、まず告白を裏付ける事実があるかどうかを慎重に調査する。その結果、十分な信憑性があると判明する。つまり、誰かが世間を騒がす連続殺人を利用して模倣殺人を計画したのだ。ここから前半とはガラッと趣きが違う物語となる。もちろん今回は犯人が誰か分からないし、前半の暴力的な殺人鬼と違って完全な知能犯である。

そしてあるところまで捜査が進み、意外な容疑者の名前が浮かび上がったところで、物語はみたび反転する。今度は犯人視点で、ことの起こりから殺人に至るまでの事件の経緯が詳細に叙述されるのである。ここではある意味犯人に同情せざるを得ないほどの、あまりにも悲惨なその境遇が読者を打ちのめす。

そして最終章では、ついにエインズリー刑事が激しく苦悩しながら犯人と対決する。すべての事情を知った彼が顔を覆って嗚咽するシーンは、読者全員に忘れがたい印象を残すに違いない。

という具合に本書にはさまざまな趣向が凝らされ、いくつもの毛色が違う物語が組み合わさった構成になっている。分厚い一冊だが、読者を絶対に飽きさせないという決意に満ちている。サービス精神旺盛、贅沢なストーリーといった意味を分かっていただけたと思う。

おまけに、その途中には中休み的パートとして、ある大富豪の屋敷での不可解な事件をエインズリーが解決するエピソードまで挿入されている。至れり尽くせりだ。加えて前述の通り、ヘイリーらしく警察組織、犯罪捜査、裁判の実際などの知識があれこれ織り込まれ、それらはたとえば刑事たちの書類仕事の大変さ、給与体系、少年保護法の問題、大陪審という制度の問題点、など多岐にわたっている。これもまた、普通のミステリ小説とは一味違うところだ。

さらにもう一つ、本書の主人公エインズリー刑事の元神父というユニークな設定も忘れちゃいけない。これは本書の題材がヨハネ黙示録の見立て殺人ということにも当然関係してくるのだが、それだけにとどまらず、エインズリーがなぜ神父を志したか、その彼がいかにして信仰を失ったかも詳しく語られるし、カトリック教会への批判まで出て来る。殺人事件の展開が気になる読者には余計なことだと感じられるかも知れないが、こういう部分がヘイリーの小説を豊かに膨らませる要素だと思う。読者の知的好奇心を満たすための材料が、あれこれと盛り込まれている。

どうでもいいことだが、主人公エインズリーが家族思いの妻帯者なのについ不倫してしまったり、別の女性から妙に強引に誘惑されたりするところもヘイリーらしいところだ。ヘイリーの愛読者ならご存知の通り、彼の小説にはなぜかこういうパターンが多いのである。

ちなみに本書の舞台はマイアミだが、かつて一度訪れたこの都市が大好きな私は、本書であのマイアミの空気に触れられた気がして、なんだか嬉しかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。