『インフォーマント!』 スティーヴン・ソダーバーグ監督   ☆☆☆☆

所有しているブルーレイでソダーバーグ監督の『インフォーマント!』を再見。これはソダーバーグ監督の映画の中では人気がない方の作品と言っていいと思う。世間の評価もそれほど芳しくないと思うが、実は私は結構好きである。傑作かと言われると困るが、色々と面白いところがある。またコミカルであることは間違いないが、コメディと言っていいのかどうかはよく分からない。少なくとも爆笑コメティじゃないことは確かだ。ギャグを連発して笑わせるのではなく、微妙な空気感で観客に薄笑いを浮かべさせる類の映画だ。その曖昧な、コウモリみたいな奇妙な存在感も私にとってはなんとなく好もしい。はっきりジャンル分けできるような映画なんて、底が浅いものじゃないだろうか。

まず、ソダーバーグらしいピカピカしたクールな映像に、ゴージャスでノスタルジックな音楽が流れてくるタイトルバックからしてイカしている。映画が始まると、太って髭を生やしたマット・デイモンが登場。ジェイソン・ボーンとはまるで別人である。彼は食品関係の大企業のVPで、かなりの高給取りだ。が、会社では問題が起きているらしく、上司から責任を追及され、正体不明の日本人から恐喝電話がかかってくるというつらい状況。恐喝対応で家にFBIエージェントがやってくると、ウィテカー(マット・デイモン)は奥さんに強く言われて会社の不正(価格カルテル)を告発する。つまり内部告発だ。会社が彼に不正行為を押し付けてくるのをこれ以外我慢できないから、と言う。

そこでFBIは彼に盗聴器をつけて証拠集めに協力させる。妙に要領が悪いウィテカーは、FBIにぶつぶつ文句を言いながらも捜査に協力する。ははあ、彼が会社とFBIの板挟みになって苦労するドタバタ・コメディかなと思って観ていると、だんだん妙な方向へ話がそれていく。ウィテカーが善意の内部告発者ではなく、ひどい嘘つきであることが分かってくるのだ。最後には、ウィテカーが一番とんでもない奴だったとなって終わる。

という具合に、主人公ウィテカーの立ち位置がどんどん変わっていくのが、この映画が観客を落ち着かない気分にさせる最大の原因だ。ああこういう話なんだな、と呑み込んだつもりになると映画はまた違う方向へとずれていく。前半、盗聴器を仕掛けられたウィテカーがさかんにマイクに話しかけたり、隠しカメラの位置をおおっぴらに確かめてFBIエージェント達を蒼ざめさせる場面は普通にコミカルだが、こういう「間抜けな協力者」パターンのコメディでは協力者自身は善意の人間であるのが通常だが、本作ではこの「間抜けな協力者」が実は曲者だったという話になっていく。

つまり、コメディ・リリーフ=ヒールという図式で、これは結構珍しいんじゃないか。観客もだんだん、どこで笑っていいのか分からなくなってくる。が、観客と同じようにFBIエージェント達も激しく困惑し始めるため、今度はその部分がオフビートなギャグとして機能する。この映画でウィテカーに協力するFBIエージェント二人、特に最初に彼の告白を聞くブライアンは本当にいい奴なので、彼らがウィテカーに疑念を抱き始め、やがて振り回されて一喜一憂する様子は本当におかしい。滑稽で、どこか物悲しい。

そしてこの映画のもう一つの特徴は、最初から最後までウィテカーの内面の呟きがマット・デイモンのナレーションで流れ続けること。これがまたおかしくて、色々大変な状況になっているのにどうでもいいような下らないことばかり考えている。たとえば最初にブライアンにカルテルのことを告白した時は、ブライアンって本当にいい奴だ、ブライって呼んだら怒るかなとか、一緒に釣りをしたいな、などと考えている。ドイツ語で一番好きな単語だと言ってやたら長たらしい単語を紹介し、これは「ペン」という意味なんだ、信じられるか、などと面白がったりする。ヘンな奴だ。

そんな調子で映画は終盤まで進み、FBIエージェントも観客も全員がウィテカーこそすべての元凶であったと気づき、彼が収監されることでようやく事件は決着する。最後、ウィテカーはすっかり反省し、改心したようなことを言うが、その話の細かい部分がまた辻褄が合わないことに気づき、FBIエージェントは唖然となる。結局、最後までウィテカーは変わらない。これもまた、観客に脱力した笑いをもたらすオチである。このように、この映画のおかしさはすべてオフビートな、奇妙にズレたコンテキストの中にある。

もう一つ、ラスト近くでウィテカーが実は何かの病気だと仄めかすセリフがある。彼が嘘ばかりつくのは病気のせいらしいのだが、これもこの映画のおかしさを微妙なものにする原因の一つである。病人だとすれば、彼を笑いものにするのも悪人扱いするのも居心地が悪いと多くの観客が思うだろう。が、映画はあまりその部分には深入りしない。あくまでウィテカーを突き放して、こんな奴がいたというオフビートなコメディ映画に徹している。

それにしても、これがすべて実話ベースだというのが一番驚きである。最後、刑期を終えたウィテカーが今はどこかの会社の重役をしているとテロップが出るが、この人物がまたしても要職についているというのもすごい。アメリカには口ばっかり達者で愛想のいい、唖然とするほどの嘘つきが多いが、こういう人物がなんとなく生きていける社会なのかも知れない。

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