『アマチュアたち』 ドナルド・バーセルミ   ☆☆☆

またしてもバーセルミ。『アマチュアたち』は発表順で言うと『哀しみ』の前、『口に出せない習慣、不自然な行為』の後だが、今回私が再読した順番では最後になった。

訳者二人による巻末の「あとがたり」によれば、本書では以前のバーセルミほど敵意やあからさまな風刺は目立たず、「やさしさや哀しさがおのずからにじみ出ているようなしみじみしたお話し」が多い、とある。うーん、そうだろうか。正直、私にはあまりそうは思えない。はっきりいって、『口に出せない習慣、不自然な行為』『哀しみ』の二冊と変わらない。同じような感じである。

ただ、私はもう一冊バーセルミの短篇集『罪深い愉しみ』も持っていて、これは前述の三冊より更に前の作品集だが、確かにこの本ではもっと風刺色があからさまで、攻撃的だし、パスティーシュ的な作品が多い。イラストや写真もたくさん入っている。だから訳者のお二人が言っているのがこの『罪深き愉しみ』との比較だとすれば、まあ、分からないではない。ちなみに訳者はこの『罪深き愉しみ』を「一番バーセルミらしい作品集」と称しているが、風刺色が強すぎて私はあまり好きではない。『口に出せない習慣、不自然な行為』以降の短篇集の方が淡々としていて、いい。

さて、本書での私のフェイバリットを紹介すると、まず「われわれのうち何人かはわれらが友コルビーを脅かしてきた」。長たらしいいかにもバーセルミなタイトルだが、これは何かしらの「行きすぎ」があった友人コルビーをみんなで絞首刑に処する話。残酷でブラックな設定だが、内容はあいかわらずスラップスティックかつオフビート感たっぷりで、特に悲愴感があるわけでもなく、いつものバーセルミ節だ。この題材とトーンの間の微妙なズラシ、というかはぐらかしのセンスがやっぱりバーセルミの身上で、この短篇など見事な例だと思う。

それからフラグメンティストの面目躍如なのが「軍曹」。私はバーセルミのこの手の短篇が好きで、『口に出せない習慣、不自然な行為』でいうと「ロバート・ケネディ、溺死寸前に救助される」に相当する作品だ。主人公の軍曹が軍隊の中で経験する出来事や会話を断片的エピソードとして羅列しただけの作品だが、これはもう会話のリズムやセンスが命で、不条理でわけが分からないけどいかにも軍隊的、というやり取りがおかしい。特に、得体の知れないプレッシャーをかけてくる中隊長との会話に笑った。

「レベッカ」はレスビアンカップルの話だけれども、これもバカバカしい冗談みたいな発想とリアルで繊細な心の襞を結びつける、バーセルミの鮮やかな離れ業を見せつける小品だ。レベッカは自分のラストネームである「リザード(とかげ)」が嫌いで改名しようとするが裁判所に拒否され、気落ちしてアパートに戻り、恋人と会話する。恋人は、実はレベッカの「緑っぽい」ところが好きじゃなかったのよね、と告白する。二人は気まずくなるが、あとで苦い和解が訪れる。「緑っぽい」というのがシュールだが、読み終えるとビターで優しい味わいが広がる。

私が好きなのは大体以上。訳者あとがきに(以前と比べると)前衛的技巧は抑制されているとあるが、コラージュやパスティーシュは確かに控え目なものの、文章表現という意味では実験的で難解な作品が多いと思う。要するに、何をしたいのかよく分からない作品が多い。私にとっては「大学にやってきたヤマアラシ」や「教育的体験」がそうだし、「きみはヴィンセント・ヴァン・ゴッホのように勇敢だ」などは文章がズタズタで、ウィリアム・バロウズのカットアップ作品とまでは言わないまでも、それに近いワケわからなさがある。

というわけで、今回『口に出せない習慣、不自然な行為』『哀しみ』『アマチュアたち』と三冊続けて読み返してみたわけだが、短篇集につき三つかそこら好きな作品があるけれども、正直言って他は微妙だ。「うーん、なんだろこれ」というものも多い。が、いい作品はまさにコトバの魔術師、イメージの錬金術師というにふさわしい出来で、もしこの三冊から自分のフェイバリット作品だけ抜き出してベスト作品集を編んだら、すごく愛おしい一冊が出来上がりそうな気がする。プレイリストで好きな曲を集めるみたいに好きな短篇を集めることができたらいいのに、と思う今日この頃でありました。

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