『哀しみ』 ドナルド・バーセルミ   ☆☆☆★

本棚の整理をしていたらバーセルミの本が何冊か出てきたので、このところ順番に読み返している。『口に出せない習慣、不自然な行為』の次は『哀しみ』である。基本的には『口に出せない習慣、不自然な行為』と同じくフラグメンティストの作品集であり、全体の印象はほとんど変わらない。だからこのレビューも、備忘録的に書いておくにとどめようと思う。

タイトルについてはあとがきで訳者が解説してくれていて、要は都市生活者の哀しみというニュアンスだけれども、そこはバーセルミなのでもちろん哀愁とか号泣とかではなく、滑稽さと裏腹のトラジコメディである。その意味では、この「哀しみ」はバーセルミの短篇すべてに共通する感覚ともいえ、だから本書は別にしんみりした短篇が多いわけでもなんでもない。

冒頭の「日常生活批判」は典型的なバーセルミ短篇の一つだと思う。特段のストーリーはない。ある都市生活者の生活の断片が淡々と、次々と書き連ねられ、それらが寄り集まって一つの短篇になっている。全体を一つの作品としてまとめているのはプロットやアイデアはなく、短篇のトーン、つまり簡潔で乾いた、ちょっとオフビート感のある、明るくも暗くもないアイロニカルな文章である。このトーンこそがバーセルミの作品といっていいんじゃないだろうか。

アイデアがある作品もある。たとえば「教会の町」はその一例で、教会ばかりの町に引っ越そうとしている女性と不動産エージェントの会話を作品にしたものだ。特異な状況、SF的というかファンタジー的な状況を設定して書かれた、アイデア・ストーリー的な短篇と言っていいと思う。といってもまったくリアリズムは考慮されず、全体にジョークのような調子があるためSFのアイデア・ストーリーとも異質で、エトガル・ケレットのシュールなおとぎ話に近い。これもまたバーセルミの得意技である。

本書中私が一番好きなのは「パウル・クレー工兵、一九一六年三月、ミルベルツホーフェン、カンブレ間で航空機を一機紛失す」である。画家パウル・クレーも好きなのだが、この短篇はバーセルミらしい機知のひらめきと茶目っ気が本当にチャーミングだ。ある程度史実を踏まえていて、クレーの手記と、クレーを監視している秘密警察の報告書、という二つの文章が交互に出て来る。こういう(一見面倒な)ことを思いついて、それをサラッとシャボンの泡のような軽やかさで書いてしまえるバーセルミのエスプリには本当にほれぼれする。航空機が紛失するという事件が面白く、その事件に対するクレー本人の反応と、それを遠くから眺めている秘密警察の受け取り方のギャップがおかしく、結末で軽やかに具象から観念へとテイクオフする茶目っ気が魅力的だ。

「睡魔」も割と好きな短篇で、これはある男が、自分のガールフレンドが通っている精神科医宛てに書いた手紙、という体裁の作品。こういうアイデアだけなら誰だって思いつくかも知れないが、実際に面白い文章をひねり出せるかというと別問題。バーセルミはおそらくどんなお題でも文章を書いてしまえる才能の持ち主で、彼の短篇集を読んでいるとそうとしか思えない。この短篇でも書き手は色々と脱線しながら訳の分からないことを訴え、論じていく。首尾一貫しておらず訳の分からない部分も多いが、それがまたおかしい。こういう文章を書くのは筋の通った文章を書くより難しいと思うけれども、バーセルミは自分の文体の強度と柔軟性を武器に、楽々とそれをやってのけているように見える。

「別離八景」はdepart(別れる)という言葉が持つ色々な意味を使って八つの光景を並べたもので、まさにフラグメンティストの面目躍如といった作品。文体から題材から長さまで完全にバラバラで、断片の羅列以外の何物でもない。こういうのを読むとバーセルミは物語作家でもストーリーテラーでもなく、言語実験の作家だということがよく分かる。彼はコトバでどんな遊びができるかをあれこれ試している作家なのである。

「召喚令状」はSFタッチの短篇で、モンスターを手作りした男が「服従局」なる役所に呼び出され、罰金を科される話。風刺色が強く、ビッグ・ブラザー的発想はいささか時代を感じさせるが、最後のひねりがやっぱりバーセルミらしい。「世界を変えない」という観念が唐突に出て来て物語を収束させる。具象が抽象に転じて終わる。

先に書いた通り、全体の印象は『口に出せない習慣、不自然な行為』と大差ないが、好きな短篇の数が多いという一点で私は『口に出せない習慣、不自然な行為』の方を好む。けれども、やっぱり本書も捨てがたい。ピンと来ない短篇も多いが、どうしても処分する気にならないのである。

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