『安珍と清姫』 島耕二監督   ☆☆☆☆

またまた若尾文子が出ている映画を観たくなり、『安珍と清姫』の日本版DVDを入手した。市川雷蔵も出ていて一粒で二度おいしいが、内容的には変わり種のようなので、もしかすると大ハズレかも知れないと警戒しながら観た。

有名な道成寺伝説をベースにした映画である。とえらそうに書いたが、私は道成寺伝説のことなど何も知らない。たまたま所有している『川本喜八郎作品集』のDVDに「道成寺」という人形アニメがあり、それを見て震えたことがあるぐらいだ。男に対する女の執着を描いた怖い話という印象は残っているが、ストーリーもほとんど覚えていない。だから本作も虚心に観ることができたのだが、結果的に川本喜八郎「道成寺」ほどの怖さはなく、むしろ清姫の哀れさがしみじみ心に残る映画だった。

時代は平安時代。馬に乗って野を駆け回る男勝りの清姫が放った矢が、旅の僧・安珍に当たってしまい、清姫は安珍と連れの僧二人を屋敷に連れ帰る。気遣って安珍を介抱しようとするが、「修行中の身なので」と頑なに女人を近づけようとしない安珍にムラムラと反感を募らせる。実は美男の安珍に惹かれているのだが、拒まれたせいでそれが憎しみに転じてしまう。一方、安珍も美しい清姫に否応なく惹かれているのだが、それ故に僧として不安を感じ、ますます頑なになってしまうという、面倒なシチュエーションである。

しかしまあ、安珍が悩乱するのも無理はなく、この映画の中の清姫、つまり若尾文子は匂い立つようなフェロモンが出まくっていて、おまけにいつも胸のあたりが微妙にはだけた格好をしている。あれはダメだ。あの清姫に近寄られて平然としていられる男は千人に一人だろう。まして若く、禁欲している修行僧などイチコロである。

と、安珍がマジメに悩んでいる一方で、連れの坊主は図々しく酒を所望し、女中の身体を撫でまわしては「おう、胸も丸い、尻も丸い」などとほざいたりする不届き者である。まったく仏の道のことなど頭にない。この二人が連れ立って旅しているのも不思議だけれども、安珍もこの連れの半分ぐらい柔らかい頭の持ち主だったら、この物語も違う展開をしていただろう。

さて、ある日温泉につかっている安珍のもとへ全裸の清姫が現れ、あなたさまが恋しいと告げる。これはもう、無理である。これに抵抗できるのは一億人に一人だ。そこでつい、できるものならあなたを抱きしめたい、と自分の気持ちを口にしてしまった安珍を、しかし清姫は嘲笑する。「私の勝ちだ」彼女はあいかわらず彼を憎み、仕返しを企んだのである。深く傷ついた安珍は屋敷を辞し、ひとり道成寺へと旅立つ。

一方、清姫は自分が本当に安珍を好きだったことに気づく。なので道成寺へ行って彼に再会し、謝罪する。その結果ついに安珍と一夜をともにするが、翌朝安珍はまたしても「ああ仏に仕える身で私はなんてことを」と悶々とし、ひとりでどこへともなく彷徨い出ていく。取り残された清姫は悄然と家に帰り、親が縁談を進めるままになる。

安珍は旅先で高僧に会って自分の気持ちに素直になれば良いと悟り、清姫に会おうと村へ戻っていくが、清姫の縁談に浮かれている村人たちにボコボコにされる。「これで良かったんだ」と自分に言い聞かせ、また道成寺へと戻る安珍。ところが安珍を忘れられない清姫は彼を追ってくる。「安珍さま~」と追いすがる清姫を、「私のことは忘れて幸せになってくれ」などと言いながら無理やり振り切って、安珍は道成寺へ逃げこむ。そして大蛇になって道成寺まで自分を追ってくる清姫を夢に見る。

その間に、安珍を追う清姫は河に飛び込んで溺死する。それを知った安珍は、恋にも仏にも徹することができなかった自分を悔い、彼女の供養をすることを誓うのだった。

要するに二人とも追われれば逃げ、逃げれば追うことの繰り返しで、結局悲劇的結末を招いてしまうという、トレンディドラマの原型のような話だ。それでも清姫はまだ自分の気持ちに忠実に行動するが、安珍の煮え切らなさはもう『東京ラブストーリー』のカンチレベルで、見ていて腹が立ってくる。あんな美人の清姫にあそこまで追い求められて、なんでこたえてやらないのか。仏の道というが、途中で一度「それも仏の道」と悟ったのではなかったのか。ボコられて追い払われたのはしかたがないとして、その後清姫の方から追ってきたのだから、今度こそ腕を広げて抱きとめてやるべきではなかったのか。

それを結局、「私がいない方が彼女は幸せになれるはず」などと言って拒み、余計に不幸にしてしまう。これがいわゆる「いい人」のダメなところである。自分の直観より世間の価値観を優先させてしまう。あの高僧が言うように、恋に生きるのもまた仏の道なのだ。何より、自分の気持ちに嘘をつく人間は美しくない。

どうでもいいことだが、私はこの安珍を見ていてジッドの『狭き門』を思い出した。あれも信仰のために自分の幸福を投げ捨てる、哀しい女性の物語だった。

さて、ストーリーはそんなところだが、もう一つ特筆すべきは本作の異様な雰囲気である。映像も音楽も実に妖しい。空や森が紫がかったりピンクがかったりしているし、雅楽みたいなコーラス入りの音楽も聴いていてヘンな気分になる。が、それが平安時代を舞台にした神話的な和の世界に妙にフィットしている。本作が映画として傑作かどうかはさておき、この独特の雰囲気は嫌いじゃなかった。

ちなみに最後、清姫がいきなり大蛇に変身するところでは急に特撮映画みたいになってびっくりするが、言うまでもなく大蛇の特撮はしょぼい。時代を考えればやむなし、と思って観ていただきたい。

ついでにもう一つ言うと、これは若尾文子氏の乳首が見える唯一の映画らしい。ほんの一瞬ですが、確かに映ってます、はい。こんな下世話な話題で締めくくってすみません。

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