『チェルノブイリ』 ヨハン・レンク監督   ☆☆☆☆☆

日本版ブルーレイを購入して鑑賞。全五話、1986年のチェルノブイリ事故の経緯を描くHBO制作のノンフィクション・ドラマである。エミー賞リミテッドシリーズ部門の作品賞、監督賞、脚本賞やゴールデングローブ賞など数々の賞に輝く。題材が題材なのでヘビーだし、怖いし、見るのがつらい場面も多いが、これを観ずして何を観るという大傑作ドラマである。

全五話の流れは大体次の通り。まずプロローグで一人の科学者がチェルノブイリ事件の真相をテープに録音し、隠し、直後に自殺する。どうやら彼は監視されているらしい。そこから2年前の事故当夜に遡り、事故発生からその後の展開を時系列に追っていく。

事故は真夜中に突然起き、爆発音が付近の住民を驚かせる。目を覚ました住民たちは灰が降り注ぐ中、鉄橋の上から発電所の火事をのんびり見物する(彼らはその後全員死亡する)。発電所では職員達がパニック状態で駆け回っている。放射能の火傷を負って次々と倒れていく職員達、現場から上がってくる報告を「見間違いだ」と信じない監督官。駆けつけた消防士達は散らばる黒鉛に触れて手が血まみれになり、放射能の火傷でたちまち顔が真っ赤に染まる。一方、現場から離れた場所にいる発電所の所長と技師長は、市や政府に「事故は起きましたが大したことありません、安全です」と報告し続ける。

…目を疑う衝撃的な光景が続出する。道を歩く人が突然嘔吐して倒れる。病院に運び込まれた発電所職員や消防士の全身が爛れていく。政府中枢の会議では、エネルギー担当のシチェルビナが「大した事故ではない」とゴルバチョフ大統領に報告するが、レガソフ博士は「そんなはずはない」と事態の深刻さを警告する。大統領命令で二人は現場へ飛び、事故対策を開始する。ホウ素と砂の投下、水を抜くために地下に潜る三人の職員達、熱交換器を設置するために巨大な穴を掘る炭鉱夫達。現場で作業する彼ら全員、生命の保証はない。散らばった黒鉛を処理するために月面機やロボットが使用されるが、もっとも放射能汚染が激しい中心部分では機械すら動作しないため、死を覚悟して人間が行くしかない。もし最悪の事態、水蒸気爆発(つまり核爆発)が起きれば、ソ連だけでなくヨーロッパの国々が汚染され、その土地には半永久的に人が住めなくなるだろう…。閣僚会議に死のような沈黙が下りる。

多くの人々の決死の作業によりなんとか最悪の事態は回避され、消火に続いて周囲の掃討作戦が始まる。住民を全員避難させた後、樹木や植物はことごとく刈り取られ、残されたペットを含めすべての動物が射殺される。一方、事故の原因を調査していたホミュック博士はかつて政府が握りつぶした論文を発見し、シチェルビナとレガソフ博士も事故原因が原子炉の構造的欠陥であることを知る。他国への説明会議ではソ連政府からの圧力で「操作ミスが原因」と発表したレガソフ博士は、そのかわり政府にすべての原子炉の欠陥修復を要求する。が、政府は口先ばかりでいつまでたっても対応しようとしない。レガソフ博士はついに自分の科学者生命を賭け、裁判の場で真実を告げようと決意する…。

大体、こんな流れである。すべてのエピソード、すべてのシーンに緊迫感がみなぎっていて恐るべき濃度だが、まずはこの、とんでもない迫真の映像。臨場感あり過ぎである。特に第一話の事故当夜の発電所内の様子など、チェルノブイリの事故そのものを目の当たりにしているとしか思えない。凄まじい迫力だ。これがかつて実際に起きたことだと考えると、恐怖以外の何物でもない。

この地獄図を見て心の底から震撼するのは、原子炉事故の恐るべき不自然さである。というより、自然界の森羅万象すべてのルールにことごとく反する、その反=自然とでもいうべき禍々しさ。火事、洪水、地震、津波、それがどんな災害であってもここで自然界のブレーキがかかるという一点があるとしたら、核の事故にはそれがまったく通用しない。信じがたい規模で人間が、生命が、自然が、世界が、瞬時に破壊されていく。地獄の蓋が開いたとしか思えない。私がこの映像を観ながら繰り返し感じたのは、こんなものが存在するのは恐ろしい間違いだということだった。このドラマを観た人はみんなそう思うだろう。自然界には本来存在しなかった脅威が放つ禍々しさ、そしてそれを作り出してしまった人間の罪深さを思い知らせるが如き映像が連続する。

レガソフ博士やシチェルビナは何とかそれを抑え込もうと、あらゆる手を打つ。ところが、まるで玉突き事故のように次々と恐ろしい事態が出来する。一番愕然としたのは、ホウ素と砂を投下した結果溶けた砂が溶岩化して地下に潜り、水蒸気爆発を引き起こす可能性が指摘された時である。それが起きればソ連どころかヨーロッパ中が汚染され、半永久的に人間は住めなくなる。何らかの手を打たなければ、あと二日足らずで、間違いなくそれが起きる。

慄然とする、どころではない。チェルノブイリが史上最悪の人災と呼ばれるのは誇張でもなんでもない。文字通り、世界は終わる寸前だったのだ。

恐ろしい真実が次々と明らかになる一方で、それを食い止めようと全力を尽くす人々の決死の戦いが描かれ、観る者の胸を揺さぶる。彼らは全員死を覚悟している。まだ黒煙が上がる現場に飛んだレガソフ博士とシチェルビナは、それだけでもう残り5年間の命しかない。放射能に晒された彼らは癌で死ぬ運命なのだ。地下水を放出するために地下に潜る三人の作業員は、そこへ行けばもう助からないと分かっていて志願する。あの状況で志願できる人間の勇気とは一体何なのか。私には想像もつかない。大勢の職員達の前で「死ぬと分かっていて行けというのか」と嘲笑されたシチェルビナは、「誰かがやるしかないんだ!」と絶望的に叫ぶ。死ねと言われて死ぬ人間がどこにいるだろうか? ところが、そこで三人が手を挙げるのである。

現場の地下に穴を掘る炭鉱夫達も同じだ。このドラマのラスト、彼らの多くは40歳になる前に死んだとテロップが流れる。名もなき人々の勇気と決死の作業が、この未曾有の大惨事を終息させたのである。その一方で、自分のメンツ最優先で嘘をつき、人々を危険に晒し、挙句の果てに真実を隠蔽しようとする所長や市議会や政府のお偉方たちの醜悪さ、腐臭。この対比がドラマを盛り上げていく。

そして最終話「真実」で、この事故がなぜ、どのようにして起きたのかが語られる。この回の大部分を占めるのは裁判シーンだが、レガソフ博士の証言の合間に事故当夜のフラッシュバック映像が挟まることで、原子炉の仕組みをまったく知らない素人にも大筋で何が起きたのか理解させてしまう。離れ業だ。最終的には、メンツのためにかつてソ連政府が握りつぶした事実(ある科学者が指摘した原子炉強制シャットダウン時の危険性)がすべての原因だった。が、そこに至るまでに二重三重に張り巡らされていたセーフティーネットは、現場を仕切る監督官の無能と怠慢によってことごとく無効化されていた。

傲慢と慣れからあらゆるルールを無視し、部下の報告を信じず、危険だと注意されても「いいからやれ」とパワハラまがいのゴリ押し。事実がどこまでこの通りだったのかは分からないが、少なくとも大体こんな経緯だったとすれば、これは完全な「人災」である。原子力発電所でこんな杜撰な運用がまかり通ってしまうことに、まったく唖然としてしまう。これは無能なのか、腐敗なのか、それとも感性の鈍麻なのか。責任者がこんな有様だったら、どんなシステムだってうまく機能しないだろう。

監督官の愚かさ、そして真実を握りつぶした政府の愚かさ。チェルノブイリ原発事故の原因をせんじ詰めれば、いつの世も変わらない人間の愚かさに尽きる。そしてその愚かさとは、科学を理解できない庶民の愚かさでも、経験不足ゆえの現場作業員の愚かさでもない。体面と保身のために知っていることに目を背け、あるいは蓋をしてしまう、権力者の愚かさである。

まさに圧巻という言葉がふさわしい。チェルノブイリという人類史上最大の悪夢が私達に教えたこととは、一体何だったのか。一人でも多くの人がこのドラマを観て、あまりにも高くついた貴重な教訓を胸に刻んでくれることを願う。間違いなく、全人類必見のドラマである。

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