『ウィンド・リバー』 テイラー・シェリダン監督   ☆☆☆☆

Amazon Primeで二度目の鑑賞。ネイティヴ・アメリカン保留地で起きた殺人事件の捜査を描くクライム・サスペンスもので、主演はジェレミー・レナーとエリザベス・オルセン。アベンジャーの二人である。が、この映画の雰囲気はアベンジャーとは真逆だ。二人の印象もだいぶ違う。

クライム・サスペンスものというとありがちな娯楽映画に聞こえるが、ネイティヴ・アメリカン保留地という舞台設定がユニーク。この映画は実話ベースということと、ラストにテロップが出るようにネイティヴ・アメリカンの行方不明者問題を扱っているため社会派映画とも言われるが、同時に、社会問題告発にしては中途半端という批判もある。私の意見としては、この映画は社会問題が背後にあるにしてもそれがテーマとは言い難いと思う。製作者の意図はどうあれ、これを観てもネイティヴ・アメリカンの行方不明者問題とその現状、原因などを十分に理解することはできないだろう。

ネイティヴ・アメリカン保留地の事情は他の州とは大きく異なり、ろくに仕事もないので貧困から抜け出すのも難しく、本作で描かれるような女性のレイプ事件も頻発しているらしい。特にレイプはほとんど若い女性の通過儀礼とみなされるほど多発しているらしいが、この映画では直接その事実に切り込んではいかない。被害者ナタリーがレイプされた経緯を見ても、彼女がネイティヴ・アメリカンであったことと直接関係があるようには見えない。かろうじて、コリーの娘も以前に似たような事件で死んだと仄めかされるだけだ。保留地を覆う閉塞感もナタリーの兄の口から語られるが、ストーリーに絡んではこない。あくまで事件の周辺事情にとどまっている。

そういう意味で、やはりこの映画は犯罪と、それを追う人々のドラマを描いたクライム・サスペンスものだと思う。そしてクライム・サスペンスものとして見た場合、なかなか良い出来である。

ただし、決してジェットコースター型のストーリー展開ではない。むしろ犯罪ものとしてはかなり地味だ。スローペースだし、アクションシーンは少なく、ミステリ風味も薄い。全体に静謐感が支配する映画だ。

この映画の美点は、なんといっても大自然の厳しさと美しさが緊張感をもって描かれていること。もうこれに尽きると思う。この映画を観ていると空気の冷たさ、吹きつける風の痛さまで伝わってくる。雪と氷に覆われた大地にしがみつくようにして生きる人々の暮らしは、決して楽ではない。むしろ圧倒的逆境だ。雪山を薄着で歩くと10分たたないうちに肺がズタズタになり、死んでしまうという。そんな中で力を尽くして必死に生きる人々の姿が、静謐な中にも尊厳とリアリティをもって描き出されている。特に主人公のハンター、コリー(ジェレミー・レナ―)のたたずまいが非常に良い。

コリーはハンターだが、もちろんスポーツや観光客相手ではなく、家畜を殺すコヨーテやピューマなど食肉獣のハンターである。人間の生活を守るために自然と戦っている。彼はかつて娘を亡くし、おそらくそのせいで離婚を経験している。彼の心の傷は癒えておらず、そのために全篇を悲しみの影が覆っている。しかし普段の彼はそんなそぶりを見せることなく、淡々と仕事をこなすプロだ。夜、彼が自分の仕事場で銃弾をひとつずつ作っていくシーンがある。特に何ということもないシーンだが、彼の職人的な所作が奇妙に印象に残る。

さて、そんな彼が雪の平原で死体を発見し、それが死んだ娘の親友ナタリーであったことから事件に巻き込まれていく。たった一人派遣されてきたFBI捜査官ジェーン(エリザベス・オルセン)はまだ新人で、保留地のしきたりや大自然の想像を絶する厳しさに無知であり、勝手が分からないため、コリーに協力を依頼する。コリーはハンターとしての知恵や経験を活かしながら、ナタリーを死に追いやった犯人を追跡していく。

映画全体を観て気づくのは、この捜査全体がコリーの生業である「狩り」になぞらえられていることだ。「あなたは何をやっているの?」とジェーンに聞かれ、コリーは「食肉獣のハンターだ」と答える。「じゃあ、それをやってよ」とジェーン。ナタリーの父親に「お前はFBIと一緒に何やってる」と聞かれた時は、「おれはハンターだ、狩りをしてるんだよ」と答える。しかし何よりそれをはっきりと示すのは、クライマックスの銃撃戦で犯人たちを射殺するコリーの恰好と姿勢が、冒頭コヨーテを撃つ時とまったく同じであることだ。この厳しい世界では、娘たちをレイプするならず者たちは撃ち殺される運命にある。

一方でもう一人の主人公ジェーンは、「何も知らないよそ者」として物語に登場し、コリー達との捜査を通じてだんだんとこの土地の特殊性を学んでいく立場にある。いわば観客の分身だ。いきなりろくな防寒具も持たずにやってきて保安官の妻に呆れられ、被害者の親が捜査願いを出していないことに苛立って遺族と衝突する。ある被疑者を訪れる時「バックアップを待った方が良くない?」と聞くジェーンに、保安官は答える。「ここは『バックアップ』の土地じゃない、『自分で何とかする』土地だ」そしてラスト、ケガをした彼女が「私は強くない、ただ運が良かっただけ」と呟くと、コリーが言う。「この土地では運は関係ない。強い者が生き、弱い者は死ぬ。それだけだ。狼に殺されるのは不運な鹿じゃない、弱い鹿なんだ」

この対照的な二人がこの映画の牽引役だが、もう一人、それをサポートする保留地の保安官が登場する。演じるのはハリウッド映画でよくエスニック系の脇役を演じるベン・ショーヨだが、彼もいい味を出している。コリーとはツーカーの仲で、いつも無表情で無骨だがいかにも包容力がありそうだ。以前より更に肉がついて、恰幅がよくなっている。ただしジェーンと一緒に目潰しをくらったりラストの銃撃戦で撃たれたりと、実戦ではあんまり役には立っていない。

さて、彼らの捜査はやがて掘削地の警備員キャンプに辿り着くが、ここで繰り広げられる壮絶な銃撃戦がこの映画のクライマックスとなる。それまでスローペースで淡々と進んできたので、真相が明かされた直後に炸裂するこのアクションは物凄い迫力だ。また、ひとり別行動するコリーがギリギリのタイミングで助けに入るじらし方や、真相を明かす場面の唐突なフラッシュバックなど演出もなかなか冴えている。

事件の真相は陰惨で、気が滅入るようなものだ。レイプものというのは往々にしてそうだが、酔っぱらった下劣な男どもの醜悪な行動がエスカレートし、やがて暴走を始める。見ていて辛いほどのリアリティがある。だから映画の後味は決して爽快ではなく、ずっしりと重たい。コリーの娘も同じような死に方をしているわけで、ラストに言及される行方不明者に関するテロップを考え合わせるとますます気が滅入る。今回の事件は、氷山の一角なのである。

しかしながら、前に書いた通りそんな過去も環境もすべて背負いこんで毅然と生きるコリーの佇まいが、観客への救いとなっている。彼は娘の死から完全には立ち直れていないが、それでもやさぐれたところや斜に構えたところが微塵もない、本物のおとなだ。冒頭、彼が幼い息子に馬の躾けを教えるシーンがあるが、あそこではこの厳しい土地で自然や動物と一体になって暮らす人々の生活感が伝わってくるとともに、あくまでこの土地で生きていこうとするコリーの矜持と決意を暗示しているようにも見える。

コリーの姿を見て育つ彼の息子は、きっと素晴らしい青年になるだろうという予感がする。

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