『夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールII』 スティーヴン・キング   ☆☆☆★

『マイル81』に続き、「悪い夢たちのバザール」第二巻を入手した。第一巻と同じくとてもバラエティ豊かな短篇集だけれども、個人的には『マイル81』の方が好きな作品が多かった。なんといっても「ニューヨーカー」掲載作品である「プレミアム・ハーモニー」の存在が大きい。キング・ファンには賛同してもらえないかも知れないが、レイ・カーヴァーに影響されて生まれたというこの短篇は、キングにしか書けない異形のアメリカ現代文学作品だと思う。

そしてもう一つ、私の個人的嗜好として「トワイライト・ゾーン」風のアイデア・ストーリーやはっきりしたオチがある作品より、なんだかケムに巻かれるような不思議な作品の方が好きということもある。第一巻の方がそんな作品が多かった。しかし全体としては、この「わるい夢たちのバザール」二巻をもって短篇作家スティーヴン・キングを大いに見直す結果となったことは間違いない。

さて、そんな私が本書中一番気に入ったのは「異世界バス」である。この短篇集の愉しみのひとつは各短篇の前についているキングの紹介文を読めることだけれども、この「異世界バス」では、パリで講演会場に車で向かっている時バスと隣り合わせになり、バスに乗っていた女性と一瞬視線を交わしたことがこれを書いたきっかけ、とある。まったく違う二つの人生の交錯、それぞれがお互いの立場を羨む皮肉。なるほど、と思い作品を読み始めたわけだが、紹介文からなんとなく予想されるイメージを完全に裏切る作品だった。そのきっかけがこんな短篇になるとはなあ。

まず、主人公が仕事上の重要なプレゼンをするために飛行機でニューヨークに出張する。午後のプレゼン時間に間に合うよう余裕をみて空港に行き、飛行機に乗り、無事ケネディ空港に到着。よし間に合いそうだ、と思ってタクシーに乗り、マンハッタンに向かう。すると渋滞。車は動かない、時間はどんどん過ぎていく。あんなにも余裕があったはずのプレゼン開始時刻が、刻々と迫ってくる。

これはケネディ空港周辺に限らないが、出張で空港に向かう、または空港からオフィスに向かう時に渋滞で焦ることはビジネスマンなら誰しも経験があることと思う。私もアメリカ国内の出張でハラハラしたことは何度もある。そして付け加えるならば、マンハッタン周辺の交通事情は悪夢でしかない。特にJFKからマンハッタンに向かう道、ミッドタウン・トンネルに近づいていくあたり。何度も何度も時計を見る、間にあうだろうか、それとも遅れそうだと電話を入れるべきだろうか、と迷う。もうホテルに寄る時間はない、直接オフィスに行こう。それならまだ間に合うかも。胃が痛くなる。ああもうダメだ。

このハラハラ感、いてもたってもいられない感。こうしてビジネスマンあるあるのスリルを存分に盛り上げた後、タクシーと隣り合って止まるバスが登場する。そこで主人公は、一人の女性を見る…。ここから先は書かないでおくが、いかにもキングらしいぞっとする出来事が起きる。

しかしこの短篇の一番のポイントは、そのぞっとする出来事が結局何も変えない、というアイロニーである。怖い話のはずなのに、私は最後の一行を読んで思わず笑ってしまった。やはり「プレミアム・ハーモニー」の黒々とした読後感と共通するものがある。特に本作の、丁寧に丁寧に作りあげたシチュエーションの果てに現れる人を喰ったような、あるいははぐらかすようなアイロニーは、とても洗練されていると思う。

次に好きなのは、小品の「苦悶の小さき緑色の神」である。キングの紹介文によれば、この短篇は実際にキングが交通事故に遭った後の痛みの記憶がインスピレーションになっているらしい。病院のベッドに横たわる大富豪と、その取り巻き達、そして彼の痛みを取り除くことができると主張する怪しげな祈祷師。取り巻きの一人である看護婦は、祈祷師をうさんくさい目で眺めている。果たして何が起きるのか…。

これはいかにもキングらしい、スーパーナチュラルで、変なクリーチャーも登場するおバカなB級ホラーだけれども、この短篇のキモはそれではなく、インチキ療法にうんざりしている看護婦と祈祷師の対立、そしてそれが生み出す緊張にあると思う。看護婦は当然ながら祈祷師の言うことを信じず、公然と非難するが、祈祷師は動じない。看護婦はだんだん不安になってくる。これもまた、一種のブラックユーモアとして読むことができる。

それ以外に目立った作品は、インチキ死亡記事を書くと本当にその人物が死んでしまう不思議な力を得たライターの話「死亡記事」、川を隔てた二つの家族が毎年独立記念日に花火競争をし、花火の規模がエスカレートしていく「酔いどれ花火」、放射能による世界の破滅を静かに迎えようとする男の話「夏の雷鳴」あたりだろう。「死亡記事」と「酔いどれ花火」はしっかりディテールが書き込まれた力のこもった、長めの作品で、本書の柱となっている。

そしてこの二連発の後に本書を締める役割を果たしているのが、表題作の「夏の雷鳴」である。これは第一巻『マイル81』と合わせて、「わるい夢たちのバザール」収録作品中もっとも抒情的で、哀感を湛えた作品だ。このバラエティに富んだ作品集をしっとりと余韻をもって締めくくっている。

 

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