『驟雨』 成瀬巳喜男監督   ☆☆☆☆☆

ずっと前から観たいと思っていた成瀬監督の『驟雨』、日本版DVDが出たのでさっそく入手した。あの傑作『めし』と同じように原節子が庶民的な主婦を演じるこの映画は『めし』の五年後、1956年の公開である。『めし』は原節子と上原謙の共演だったが、『驟雨』では原節子と佐野周二が倦怠期の夫婦を演じている。

『めし』が大好きな私にとって当然この『驟雨』の期待値も高かったわけだが、その期待はまったく裏切られなかった。裏切られなかったどころか、『めし』と似た部分もありながらまた全然違う新鮮な面白さがたっぷりで、心から大満足させていただいた。やはり成瀬監督は偉大である。

『めし』との最大の違いが何かといえば、やっぱりコメディ色の強さだろう。『驟雨』は『めし』よりはっきりとコメディ寄りで、観客の笑いをとりに来ている。しかもその笑いはきわめて洗練されていて、時代の風俗や流行りに寄りかかった部分がまったくないので、今の観客が観ても当時となんら変わりなく笑えるはずだ。昔のコメディ映画を観るとギャグが寒くて鼻白んでしまうことが多々あるので、1956年作品でこれは驚異的だと思う。

それから夫婦の危機と修復を一貫したストーリーで見せていく『めし』に対し、『驟雨』は色んなエピソードが入れ替わり立ち替わり出て来るアソートメント・スタイルで、いわばジグザグに話が進んでいく。これはもともといくつかの短篇を合体させて一本の映画にしたからと思われる。このせいで話が分かりにくいという意見があるらしいが、私は全然そうは感じず、むしろ意表を突く展開が面白かった。

物語は質素な住宅、というかほとんど長屋みたいな家に住む、子供のいない夫婦の会話シーンから始まる。この二人はもはや完全に倦怠期で、日曜日だというのに出かけることもなく、会話も噛み合わない。そんな彼らに色々な事件が降りかかるのがこの映画の内容だが、事件といっても日常的なことばかりで、たとえば隣に歳の差夫婦が引っ越してくる、新婚旅行に行っているはずの姪が来て離婚すると言い出す、妻が可愛がっている野良犬が近所で騒動を起こす、夫の会社で早期退職募集が始まったため同僚が集まって退職後の事業計画を話し合う、などなどである。まあ最後のは日常的とは言えないかも知れないが。

原節子の姪を香川京子が演じているが、これが『めし』の姪みたいなわがまま女かなと思うとそんなことはなく、素直で上品ないい娘である。彼女が夫の行動に我慢できないといって愚痴をこぼすと、原節子は笑いながら「男ってそんなものよ」「彼の気持ちも考えてあげなくちゃ」などと言って男をかばう。ところがそこに自分の夫が帰ってくると豹変し、姪の話を更に膨らませてガンガン男を非難し始める。この豹変ぶりがおかしい。

引っ越してきた隣人夫婦を演じるのは小林桂樹と根岸明美である。小林桂樹の夫は歳の離れた若い妻を持て余し気味だが、佐野周二は突然隣家に出現した派手で色っぽい若妻が気になる模様。おまけに、どうやら小林桂樹も美人でしとやかな原節子が気になる様子だからややこしい。この夫婦二組で出かける約束をすると、人づきあいの苦手な原節子は当日にドタキャンし、小林桂樹も自分は行かないと言い出すので、なぜか佐野周二と根岸明美がカップルで出かけるというおかしなことになる。そしてまたそのせいで、佐野周二と原節子の夫婦仲が微妙になる。

野良犬騒動も面白くて、普段原節子が餌をやっている野良犬が靴を盗むといって、近所の中北千枝子がネチネチ文句を言いに来る。ちなみに中北千枝子はいつもは貧乏な苦労人の役が多いが、この映画ではお金持ちの有閑マダム役で「ざあます」言葉を駆使する。で、更に問題が大きくなって幼稚園の先生(長岡輝子)が激怒し、近所の人々を集めて常会を開くことになる。やむを得ず原節子と小林桂樹が出かけていくが、この常会の模様がもう最高だ。このコメディ・シーンの洗練度はルビッチ映画に匹敵する。

みんなが発言するうちに、犬の話が鶏の話になり、子供の話になり、騒音の話になり、最後は臭いの話になる。色んな人が色んなことを言い出してまったくまとまらない。小林桂樹は自分の妻がスプーンみたいな体形だと陰口を言われたことを持ち出し、原節子は挨拶の仕方が暗いと言われたことを気にして言い訳する。これらをみんなマジ顔でやるのである。ありがちなコントみたいなボケ突っ込みではないところが、実に洒落ている。おまけにこのコントを原節子、小林桂樹、中北千枝子 、長岡輝子というメンツでやるのである。なんという贅沢だろうか。

ちなみに、この映画での原節子は内気で非社交的な性格という設定になっていて、隣家とのお出かけをドタキャンしたり、道をうつむいて歩いたりする。そのせいで近所の奥様方からは自分から挨拶をしない人だと陰口をたたかれている。あの大輪の薔薇みたいな原節子がそんな役というのも面白い。

佐野周二の会社で早期退職者を募るエピソードもいい。早期退職に応募すれば退職金がもらえるが、クビになったらもらえないのである。こりゃもうあかん、というわけで、同僚たちが佐野周二の家に集まって会議を開く。

この同僚の中にマジメな顔した加東大介がいるのがすでに笑えるが、まず原節子が自分でしめた鶏をぶつ切りにして出す。すると、肉が固いのでみんな無言になる。会議が始まり、退職金を持ち寄って串カツ屋をやろうと加東大介が提案する。串カツのタレは知り合いの画家が作るという。味つけについて議論した後、美人の奥さんに接客をやってもらいたいと皆が言い出すと、原節子がニコニコし始め、反対に佐野周二は不機嫌になる。当然ながら、皆が帰ったあと夫婦喧嘩になる。

佐野周二が小林桂樹に退職後の仕事を相談する場面もおかしくて、知り合いの学者がアシスタントを探していますがどうですか、と言って小林桂樹が仕事の内容を説明する。ほうほうと真剣に耳を傾け、「で、その仕事をやる男を探してるんですか?」と聞くと「いえ女です。奥さんにどうかと思いまして」と小林桂樹。爆笑する。小林桂樹は妙に原節子に関心がある、という含みがあるので余計におかしい。

まあそんなこんなで色々あった後、最後に原節子と佐野周二の夫婦はかなりシビアな激突をする。とうとう別居や離縁という言葉が出る。お互いに一歩も引かず、翌朝まで尾を引くのだが…。

まあこれ以上は書かないでおくが、まったく見事な終わり方である。白黒はっきりさせるような野暮な結末じゃなく、といって曖昧に淡々と終わるわけでもなく、オリンピック級のウルトラCを見事に決めて終わる。これには本当にびっくりした。リアリズムから逸脱する寸前ギリギリのところで踏みとどまり、しかもこの二人の関係、ひいては夫婦というものの永遠のさだめをシンボリックに表現したような、驚くべき結末だ。

ところでこの『驟雨』、1956年と古いので、今観ると当時の世相や風俗が分かるというまた別の面白さもある。それぞれの家庭に電話はなく、近所のタバコ屋に赤電話があると「便利」と言われる。みんな井戸の汲み上げ水を使って庭で歯磨きをする。携帯電話などないので、雨が降ると奥さんが傘と長靴を持って、会社帰りの夫を駅まで迎えに来る。

ちなみに原節子が夫の傘と長靴を持って佐野周二を待つシーンがあるが、この時佐野周二は帰りが遅くなり、原節子はまたひとりで帰っていく。倦怠期で夫婦喧嘩ばかりしていても、相手に対して自然とこういう気づかいをする。当時は当たり前だったのかも知れないが、なぜか映画を観終わってもこの光景が頭から離れていかない。

本作は数々のエピソードがジグソーパズルのように組み合わされた、きわめて洗練された、上質な、そして巧緻なコメディ映画だ。ただおかしいだけじゃなく、倦怠期の夫婦という愛があるんだかないんだか分からない、不思議な絆の妙味を描いている。映画の醍醐味とはこれである。

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