『よそ者たちの愛』 テレツィア・モーラ   ☆☆☆☆

著者テレツィア・モーラはハンガリー生まれでドイツに移住した女流作家。本書には以下10篇の短篇、「魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ」「エイリアンたちの愛」「永久機関」「マリンガーのエラ・ラム」「森に迷う」「ポルトガル・ペンション」「布巾を纏った自画像」「求めつづけて」「チーターの問題」「賜物または慈愛の女神は移住する」が収録されている。

とてもユニークな、独特の空気感を持つ小説を書く作家さんである。冒頭の「魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ」を読んだ時はかなり驚いた。これまで読んだことがないタイプの短篇を読んだと感じたからだ。これはマラソンマンというあだ名の老人が主人公だが、ある日彼は通りでひったくりにあい、犯人を追いかけて走り始める。彼はあだ名の通りマラソンが得意なので、老人だと見くびっていた犯人はいつになっても振り切ることができず、いつまでも走り続けなければならない。二人は延々と追っかけっこを続ける。そんな話である。

ちょっと他では見たことがないプロットだ。しかも面白い。もしかして他も全部こんななのか、と思ったがさすがにそれはなかった。収録作に共通のテーマとしては色んな状況にある「よそ者」たち、つまり自分の居場所にどこか座りの悪さを感じている人々を取り上げて、生きることの葛藤や痛み、物悲しさ、時には滑稽さを描き出すということのようだ。従って人生模様のあれこれをスケッチするようなプロットが多いのだが、そういうタイプの短篇を書く作家はそれほど珍しくない。そういう意味では、冒頭の「魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ」だけ特にエキセントリックなプロットだとも言える。

とはいえ、この著者の文体とナラティヴには独特の奇妙な感触があって、それが人生模様をしみじみ描くタイプの短篇にもちょっと変わった味わいをもたらしている。要するに語り口がユニークなのだ。簡潔と言うより饒舌で、稠密で、流れるような途切れない文章を書く。改行が少なく、会話部分にも「 」が付かないで地の文と混ざり合っている。ちょっと「意識の流れ」風である。

基本は三人称なのだが、この「意識の流れ」風の文章の中に突然一人称が混じってくるので読者は混乱する。訳者による解説によると、これはこの作家の文体の特徴らしい。視点の切り替えが変幻自在で、一人称と三人称が混然一体になってしまう。すっきりと風通しのよい文章ではなく、ねっとりした濃厚スープの舌触りだ。

作品のトーンは決して明るくはない。前述の通り「よそ者」たちの人生がテーマであるため、静謐で痛ましい短篇もいくつかある。時には不条理感や諦念が漂う。が、決して重たくはならない。この題材やプロットでありながら不思議なことにどこか軽やかで、笑える部分すらある。これがまたこの著者ならではの味である。老人に追っかけられてひったくりが驚く「魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ」がその典型だが、主人公のうんざりする顔が浮かんでくるような「永久機関」のラストもおかしい。

ストーリーは直線的には進まず、行きつ戻りつしたり逸脱したり、ぐるぐる回ったりする。エピソード間の因果関係もそれほど強くなく、色んなことがゆるく語られる。場面の連続によってストーリーが出来上がるのではなく、人生のさまざまな状況や回想や思いが、混然一体となって語られるスタイルだ。さっき「意識の流れ」風と書いたが、やはりヴァージニア・ウルフを思い出す読者も多いんじゃないかと思う。が、文体そのものは違う。宝石のように硬質な文体を駆使するウルフに対し、モーラのそれはかなり粘着質だ。

ストーリーがゆるいと書いたが、色んな事件はそれなりに起きる。たとえば「永久機関」では死んだ旧友の妹に会ってその感じの悪さに腹を立てたり、「エイリアンたちの愛」ではカップルでヒッチハイクした時に女の方がゲロを吐いてドライバーと揉めたり、「森に迷う」では車が衝突したり、「ポルトガル・ペンション」では業者が運んでいたベッドが階段にはさまって動かなくなって業者が逃げてしまったり、「チーターの問題」ではワインの蓋を開けようとして急に吐血したりする。

どれもハッピーな出来事ではなく、厭な、うんざりする、あるいは頭が痛い話だが、しかしどことなくオフビートなのでトラジックというよりトラジコメディの匂いがする。つまり、痛ましさと同時におかしさがあるのだ。これがモーラの短篇の深さだと思う。トラジコメディの書き手と目される作家にはレイモンド・カーヴァーなどがいるが、モーラの場合は独特の文体のせいでカーヴァーのようなオシャレ感、洒脱感はなく、さらにモヤモヤしている。

本書『よそ者たちの愛』を読むということは、モーラの文体が醸し出す人生の苦み、奇妙なめぐりあわせ、葛藤、おかしさ、よそ者の感覚、などが混然一体となったとめどもない呟きのシャワーを浴びることだと言っていいんじゃないだろうか。

ちなみに私のフェイバリットは哀切がかったものよりも、おかしさと痛々しさが拮抗するタイプの作品で、具体的にいうと「魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ」「エイリアンたちの愛」「永久機関」「ポルトガル・ペンション」あたりである。しかしこの短篇集、噛めば噛むほど味が出そうだ。

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