『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』  アンソニー・ルッソ/ジョー・ルッソ監督   ☆☆☆☆☆

私はMCU、つまりマーベル・シネマティック・ユニバース作品群の大ファンでもないし大半を観たとも言えないレベルだけれども、それでも『アイアンマン』シリーズや『アベンジャーズ』シリーズそれから『スパイダーマン』シリーズあたりは好きで、大体観ている。そんな私が考える、現時点でのMCUベストフィルムは何かというと、この『キャプテン・アメリカ ウィンターソルジャー』である。

ブルーレイを所有しているのでもう四五回観たと思うが、観るたびにこれは傑作だと思う。スーパーヒーローものの傑作というよりも、単純にアクション映画の傑作だ。最高に緊張感溢れる、クールでスタイリッシュなアクション・シーン満載だからである。

そもそもスーパーヒーローのキャラクター性という点では、キャプテン・アメリカって大して面白みがあるキャラじゃない。アイアンマンやスパイダーマンの方が絵になるし、ユニークな超能力やギミックがあるし、性格的にも個性が強くて面白い。キャプテン・アメリカなんてアメリカ国粋主義丸出しみたいなルックスだし、能力は殴る蹴るの肉弾戦だけだし、性格もマジメ一辺倒で面白みがない。ギミックといえばあの円形の盾ぐらいだ。だから私は最初このヒーローに何の興味も持てなかった。

へえ割と面白いな、と思ったのは、この人がかつては虚弱体質で、ソルジャーとしては落第生だったと知ってからである。愛国心と勇気だけは人一倍あるが虚弱体質で兵士になれなかったスティーブ・ロジャースが、軍の実験でスーパーな肉体を手に入れる。キャプテン・アメリカ一作目の『ファースト・アベンジャー』では、南京豆みたいな体躯にクリス・エヴァンズの顔がついた弱々しいスティーヴ・ロジャーズが登場し、かなり笑える。この人、ただの能天気な筋肉バカではなかったのだ。

とはいえ、特に見栄えのする超能力もない地味なヒーローであることに変わりはない。そんなキャプテンが主人公である本作が、なぜMCU最高作なのか。その理由をこれから説明したいと思う。

まず本作には、アベンジャーズのメンバーからはキャプテン・アメリカとナターシャとサム(ファルコン)しか出てこない。ナターシャとサムは普通の人間なので、超人はキャプテン一人だ。後の『シビル・ウォー』あたりになるとアイアンマンやスパイダーマンやハルクやソーなど主役級のヒーローがゾロゾロ出て来るので、本作は特筆すべき地味さと言っていい。

ところが、本作が傑作となった第一の理由はこの地味さなのである。ヒーローの中でもキャプテンが特に地味なのは前述の通りだが、それしか出てこないとなると、必然的に戦闘シーンは地味をきわめることになる。光線技や奇抜な飛び道具など一切なし、ただ殴る蹴る、あるいは銃撃、あるいはナイフファイト。その程度だ。だからこれらの組み合わせでいかにスリリングに見せるか、ハラハラさせるか、が勝負となる。目先の奇抜さ、派手さで誤魔化すことができない。知恵を絞り、見せ方を工夫しなければならない。製作陣がそこに注力した結果、本作のアクションシーンの緊張感と切れ味はMCU作品中ダントツの素晴らしさとなった。

ヒーローがゾロゾロ出て来る派手な『シビル・ウォー』を見てみるといい。アイアンマンやスパイダーマンなど華やかな超能力を持つヒーローが登場すると、当然ながらそのビジュアルが最優先になり、派手でカッコいいアクションシーンになるけれども、殺し合いの緊張感は確実に薄れてしまう。派手なビジュアルとは要するに様式美なのだ。『シビル・ウォー』でアベンジャー同士が2チームに分かれて戦うシーンがあるが、あの場面のぬるさが典型的である。ほとんどママゴトだ。要するに完全にキャラ頼り、CG頼りで、アクションの設計が二の次になっているのだ。

しかし本作ではその「キャラ頼り」「派手な超能力頼り」ができないために、アクションの設計が最優先されている。本作の戦闘はすべて銃撃戦か、ナイフファイトか、素手の格闘であり、つまりよりリアリスティックで、スピードとパワーの見せ方がキーとなる。本作はとことんそこにこだわって作られている。

さて、本作が傑作となった第二の理由は、言うまでもなくヒールであるウィンター・ソルジャーの造形である。彼の佇まいの、この素晴らしさを見よ。黒いマスクにプロテクター、きらめくメタルの左腕。マスクはキャシャーン・タイプで、目と口を覆う、あくま実戦的なタイプ。金属製の左腕はキャプテン・アメリカと互角に戦える力を持つが、特別なガジェットは使わず全身に装備した銃やナイフを駆使して戦う。ウィンター・ソルジャーは圧倒的身体能力と火力を装備した、まさに究極の殺し屋なのだ。

そしてなんといっても印象的なのは、彼が全身から発散する殺気。彼はヒールと言ってもジョーカーやキャットウーマンみたいなショーアップ要素は皆無で、その佇まいはあくまで殺伐としている。あえて言えば、『ダークナイト・ライジング』に登場する傭兵ベインに近い雰囲気だ。派手さはないが、シリアスなアクションで魅せる本作には完璧にハマるヒールである。

もう一つ重要なのは、このウィンター・ソルジャーがキャプテンのかつての親友という設定。昔の親友が敵同士になるというのはそれほど独創的なアイデアじゃないけれども、これがキャプテンにもたらす葛藤が本作のドラマ部分の厚みを増している。本作のラストほどキャプテンが死に接近したことはなかっただろうし、狂犬のようなウィンター・ソルジャーの中に徐々に良心が蘇ってくる過程も、丁寧に描かれていて結構感動的だ。

そして、このように優れたアクションシーンと優れたヒールに恵まれた本作は、更にストーリー構成、つまり良い脚本にも恵まれた。これが第三の理由である。

冒頭、海上での人質救出作戦で硬派な肉弾戦アクションを見せた後、SHIELD内の秘密主義問題が浮上し、続いてニック・フューリーが襲撃される。ここは肉弾戦じゃなく圧倒的な火力を見せつけるシーンで、これも見ごたえたっぷり。そして、禍々しい殺気を発散するウィンター・ソルジャー登場。

辛うじて危地を脱し、キャプテンのアパートに身を隠したフューリーだが、ウィンター・ソルジャーは間髪入れずこの場所を襲撃。そしてフューリー撃たれる。キャプテンは猛然と追撃し、必殺のシールド投げを繰り出すが、ウィンター・ソルジャーはあろうことかそれを片手で受け止め、キャプテン以上の剛力でシールドを投げ返す。驚きでキャプテンがひるんだ隙に、ウィンター・ソルジャーは姿を消す。

これでウィンター・ソルジャーがキャプテンと同等の戦闘能力を持つことが分かるが、この時点ではまだ激突には至らない。凄まじい能力の一端をチラ見せして、いなくなる。じらしである。このじらしが効果的だ。来るべきキャプテンとウィンター・ソルジャーの激突への期待感が、いやが上にも高まるというものである。

しかも、この後しばらくウィンター・ソルジャーは姿を見せなくなる。この溜めがまたうまい。キャプテンはSHIELDに追われる身となり、ナターシャと一緒にパンドラの秘密を探るが、その間二人を襲うのはSHIELDの兵士でありハイテク兵器である。そして二人は新しい仲間サムの助けを得て、いよいよSHIELDに乗り込もうとする。そしてそこで、満を持してウィンター・ソルジャーが再登場する。

このハイウェイでの襲撃から始まる一連のアクションシーンの凄まじさは、間違いなくシリーズ随一だ。マシンガンで武装したウィンター・ソルジャーはまず圧倒的火力でアベンジャー組の三人を分断し、接近戦になだれ込む。ここで細かいガジェットを駆使するナターシャの抵抗もなかなか見せるが、やはりウィンター・ソルジャーの敵ではない。ついにキャプテンとのタイマン勝負となる。

ナイフを抜いて光速で攻撃してくるウィンター・ソルジャーを紙一重でかわしつつ、電光石火で拳や蹴りを繰り出すキャプテン。この場面における二人の体技の切れ味とスピード感は息詰まるほどである。凄まじい緊張感で、一瞬も目が離せない。そしてその死闘の果てに、キャプテンはマスクが外れた敵の顔を見て、それがかつての親友ベッキーであることを知る。

一旦SHIELDに拘束されたキャプテン達三人は再び脱出し、最後の決戦となる。SHIELDが空に浮かべた三つの武装空母を落とすのがミッションだが、基本的にここで戦うのはキャプテンとサムの二人だけである。ナターシャはまた別の場所で仕事をするからだが、この地味な二人だけであのハイウェイ場面を超えるクライマックスを演出できるのか、という不安に対し、制作側はまたまた新たな隠し玉を繰り出してくる。自在に空を飛び回るファルコンである。このクライマックスのアクションは地上のキャプテンと空のファルコン、というコンビネーションで展開する。

そして、これが良いのである。サムは冒頭から登場していたにもかかわらず、彼の飛翔能力がマックスで披露されるのはこの場面が初めてだ。そしてこれがまったく素晴らしい効果を上げている。もちろんファルコンは飛翔するアベンジャーとしてはアイアンマンほどのハイテク感はなく、むしろローテクだが、空を飛べるという爽快感を見事に体現している。翼を広げたり折りたたんだりしながら戦うファルコンの飛行のダイナミズムは、もしかしたらアイアンマンより上かも知れない。

彼はミサイルや光線技は持たず、銃を使って攻撃する程度なのだが、ミサイルをかわしながら飛び回る空中戦はスリリングだ。たった二人しかいないクライマックスだけれども、圧巻の身体能力を見せるキャプテンと飛翔するファルコンの対比で、まったく物足りなさを感じさせない。そしてもちろん、最後はキャプテンとウィンター・ソルジャーの一騎打ちとなる。まあその先がどうなるかは、観て下さいと言うしかない。

ツボを押さえた演出と、緻密なアクション設計と、溜めを重視したストーリー展開、そしてここぞというタイミングで数少ない隠し玉を繰り出してくる製作陣のクレバーな戦略で、観客にしびれるようなカタルシスを与えるアクション映画が出来上がった。珍しく悪役で起用されたロバート・レッドフォードも強烈な印象を残す。あの爽やかな弁舌と自信たっぷりの物腰が意外にも巨悪感たっぷりで、ウィンター・ソルジャーを影で操る黒幕にふさわしい存在感である。

キャプテン・アメリカなんてとバカにしてはいけない。本作はMCU作品中、ノーラン監督の『ダークナイト』に比肩しうる唯一のフィルムだと思う。

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