『日本文学100年の名作 第4巻 1944-1953 木の都』 池内紀/松田哲夫/川本三郎・編集   ☆☆☆☆★

「日本文学100年の名作」シリーズ第4巻『木の都』を読了。これをもってシリーズ全巻読了したことになるが、どれを読んでもレベルが高く、素晴らしい文学的満足感を与えてくれる稀に見るアンソロジーだったので、読み尽くしてしまったのが残念な気がする。本シリーズの刊行は偉業と言っていいんじゃないだろうか。

さて、本書には15篇が収録されていて、作品と著者名は次の通り。織田作之助「木の都」、豊島与志雄「沼のほとり」、坂口安吾「白痴」、太宰治「トカトントン」、永井荷風「羊羹」、獅子文六「塩百姓」、島尾敏雄「島の果て」、大岡昇平「食慾について」、永井龍男「朝霧」、井伏鱒二「遙拝隊長」、松本清張 「くるま宿」、小山清「落穂拾い」、長谷川四郎「鶴」、五味康祐「喪神」、室生犀星「生涯の垣根」。

それぞれの感想を駆け足で書いていくと、まず織田作之助「木の都」は素朴なトーンで語られる大阪の思い出話。「名曲堂」というレコード屋さん一家の話がメインだが、くどくない簡潔なスケッチがかえって余韻を残す。豊島与志雄「沼のほとり」は淡い幻想譚で、戦争に行った息子を持つ母が見知らぬ女性の家に一晩世話になり、あとでまた訪ねていくが見つからない。ごくごくさりげない筆致がとても上品で、ですます調の文体が雰囲気に合っている。逆に、次の坂口安吾「白痴」は雑駁で冗長な、アクの強い文章の中にふと純なものを垣間見せる短篇。気違いと白痴のカップルが題材だが、無骨で大胆でユーモラスでもあり、複雑で豊饒な味わいを堪能できる。

有名な太宰治の短篇「トカトントン」は既読だったが、何事にも関心を持てない男の手記の形で、凄絶な虚無を描く。似たテーマで思い出すのはモラヴィアの『倦怠』だが、トカトントンという音が虚無感の引き金になっているのが面白い。永井荷風「羊羹」は、貧しい境遇から戦後に成り上がった男の微妙な心の屈折を写実的に描いた短篇。獅子文六「塩百姓」は貧農の男が塩焚きを始め、どんどん儲かって「こがな幸せは生まれて初めてじゃ」と言っているうちにぽっくり死んでしまうという、ペーソス漂う話。島尾敏雄「島の果て」は戦争ものにロマンスを絡めた比較的長い作品だが、私はあまり面白みを感じなかった。

大岡昇平「食慾について」は軍隊の話だが、食欲に異常にこだわる数人の男が登場する。なんといっても「異常な食慾」という発想が素晴らしい。そして異常な食慾に関するエピソードがいちいち面白いし、異常な食慾と人柄の関係の考察も深い。しかもそれが戦場という極限状況を逆照射する仕掛けにもなっていて、間違いなく傑作だ。次の永井龍男「朝霧」も見事な短篇で、これは友人の父親であるX氏についての肖像だが、このX氏はボケていて言動がおかしい。息子の結婚を認めず、ラセレスは、などというナンセンスなセリフを口走る。生々しさと不条理感が同居する、実にインパクトがある短篇である。

次の井伏鱒二「遙拝隊長」も傑作だ。戦争から戻ってきて気違いとなり、誰彼構わず号令をかけて近所の人々から「遙拝隊長」とあだ名をつけられた男の話だが、痛ましくもあり、ユーモラスでもある骨太な物語だ。最後にふいっと語り手が交代するのが巧妙。この「食慾について」「朝霧」「遙拝隊長」の三連発はあまりにもレベルが高く、本書のハイライトだと思う。

といっても、続く松本清張 「くるま宿」もさすがに面白い。車夫になった控え目な「おじさん」の正体は実は…という時代もので、やはりエンタメ的な造りがしっかりしている。キレのいいアクションシーンがあり、あっと驚く結末がある。次の小山清「落穂拾い」は打って変わってなにげないあれこれを連ねたエッセーで、夕張に骨をうずめたF君のことや、老夫婦がやってる芋屋のこと、少女が開いた古本屋のことなどがしみじみした筆致で語られる。

次の長谷川四郎「鶴」は再び戦争もので、主人公の青年が戦場で体験する色々なことが語られる。友人は逃走し、自分は最後に死ぬことになる。兵士に銃で狙われ、飛び立っていく鶴の光景が印象的。剣豪小説で有名な五味康祐の「喪神」は著者のデビュー作で、芥川賞受賞作。すさまじい妖剣を使う男と、その男を仇と狙う青年の物語だが、剣の描写もプロットの組み立ても只者ではない凄みを感じさせる。

そしてラストは、室生犀星「生涯の垣根」。作者の晩年の作品らしいが、庭が趣味という作者と、怠け者だけれども作者のお気に入りの庭師との交流を悠然たる筆致で描かれる。まず篠竹を植え、やがて飽きて引っこ抜いて芭蕉を植え、また飽きて引っこ抜いて松を植える。最後は土と垣根だけの庭になって、これが良いという境地に達する。なんだかよく分からないが、深いようなバカバカしいような、だからこそ愉悦に満ちた人生の滋味を感じさせる。だらしない庭師の民さんと作者のつきあいも面白い。

以上15篇、どれも題材持ち味ともにバラバラだが、本書の特徴を挙げるとすればやはり戦争の時代、ということになるだろう。反戦等のイデオロギーは(内包されているとしても)まだ前面には出ておらず、むしろ日常が戦争とともにある、人生そのものに戦争が分かちがたく結びついている、という印象だ。ことさらに戦争を描こうとしているのではなく、やはりどの作品も人生を描いている。

それから、特に現代の小説と比べると人々の関わり合い、人間関係、共同体のあり方などがおっとりしていて、たくましい感じがする。今では発表できないんじゃないかと思える、白痴や気違いやボケ老人が出て来る話が多いが、そういうものも人間の個性として受け入れているような鷹揚さがある。良し悪しは別として、そういうところが現代にはない素朴さ、直截さとして、本書全体の雰囲気を決定づけているような気がする。

最後に私のフェイバリットをあげておくと、「食慾について」「朝霧」「遙拝隊長」「喪神」「生涯の垣根」である。次点は「沼のほとり」「白痴」「くるま宿」。私にとっては最後の「日本文学100年の名作」シリーズ、たっぷりと楽しませていただきました。

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