『どこか、安心できる場所で』 関口英子/橋本勝雄・編   ☆☆☆★

2000年以降の現代イタリア文学の短篇を15篇収録したアンソロジー。エーコ、タブッキ、カルヴィーノ、ブッツァーティ、モラヴィアというイタリア文学のビッグネームたちが活躍したのはもはや前世紀であり、真に現代のイタリア文学を担っているのは彼らではない、ここに紹介する新しい作家たちだ、という趣旨のアンソロジーである。まあ、もしかするとここから21世紀の巨匠が生まれるのかも知れないが、少なくとも現時点では有望なホープたちの紹介というニュアンスで、前述した巨人たち並みの作品を期待すると肩透かしかも知れない。

色んな傾向の作品があるが、全体通して読むと政治的・社会的題材の作品が多く、特に移民問題や移民のアイデンティティを問題にしたものが多い。やっぱりこれは現時点のヨーロッパの状況をダイレクトに反映しているのだろう。その意味では、確かにエーコやタブッキやカルヴィーノの時代にはなかったテーマの新しさ、今日性を強く感じる。それともう一つ、本書を編むにあたっては意識して作家の男女比を半々にしたらしい。そういう配慮もまた今日性なのかも知れない。

15篇もあるので、特に興味を惹かれた短篇をいくつか選んでコメントしたい。まず、イジャーバ・シェーゴの「わたしは誰?」。これはまさにさっきの「移民のアイデンティティ問題」を真正面から取り上げたような短篇だが、私が面白いと思ったのはテーマよりもこの人の書き方、スタイルである。いわゆる現代的な文体でありつつ、ユニークな、この人だけの個性がある。ヒロインはイタリアに住み、イタリア人男性をパートナーにするソマリア人女性で、彼女がフリーランス記者の取材を受けたりその記事を読んで落ち込んだり、姉の来訪に対応したりなど、憂鬱でストレスフルな出来事の中でもがく姿を描く。

エピソードの組み立てやヒロインの内面分析も知的かつシャープで、解剖メスのきらめきを見るような快感があるが、それを表現する緻密でいささか饒舌な、流れるような内的独白のスタイルが一番魅力的だった。

「愛と鏡の物語」はアントニオ・モレスコによる幻想的短篇である。主人公はアパートで人知れず執筆する作家で、彼を見る周囲の目が次第に変わっていくとともに、向かいの部屋の鏡の中に自分の姿が、そして自分の部屋の鏡の中にある女の姿が映るようになる。非常に謎めいていて、寓話的とも言えるが寓意を掴むのは不可能だろう。仄めかしすらない。

寓話的な幻想短篇といえばプッツァーティを思い浮かべるが、この短篇はプッツァーティのようにそもそも寓話の語り口ではなく、出来事のレポートのように語られる。そこに寓意を見るとしたら、それは多分読者の勝手な想像である。おそらくこの短篇の中にあるのは、謎だけなのだろう。終盤で女と自分の鏡像が手をつなげるほど近づいていくが、結局何の説明もなく、何の結着もない。完全なオープン・エンディングだ。幻想短篇としては雰囲気があってなかなか面白かった。

ヴィオラ・ディ・グラードの「回復」も幻想的な作品。私はどうしても完全なリアリズムよりどこか幻想的なものに惹かれてしまうのだが、これは「天使」が登場するので、まさに堂々たる幻想作品と言っていいだろう。麻薬中毒から回復しようとあがく女性のところへ、裸の、高齢の男性が出現する。そしてこの男の背中には翼がある。

ガルシア=マルケスにも「大きな翼のある、ひどく年取った男」という短篇があるが、どこかユーモラスなおとぎ話風のこの話と違って、グラードの「回復」はとても痛々しい、傷だらけの物語だ。物語のトーンはほぼ真逆と言っていい。この緻密な描写と痛々しいセンシティヴィティが、現代人の閉塞した心理を照射する仕掛けなのだと思う。

ガルシア=マルケス風のおとぎ話はリリカルな読み物としてはいいけれども、現代ではもはやアクチュアリティを持つとは言い難い。これはおそらく「天使」という幻想に現代的アクチュアリティを持たせるとしたら、という一つの試みである。

特に印象に残ったのは上の三つだが、その他、「エリザベス」は病気になった見知らぬ女性を、夜、病院に連れていく話で、ちょっとジャームッシュのモノクロ短篇映画を観ているような抒情性がある。こういう静謐な一幕ものも嫌いじゃない。「隠された光」は、夫が妻の両親に耐えられず家を出て、不動産エージェントの男に同性愛の手引きを受ける話である。うーむ、やっぱりこれも現代的なんだろうな。

そして表題作「どこか、安心できる場所で」は、少女が親から禁止されている納屋に入り、隣家の女の子から性的な遊戯を教わる話。性の目覚めは昔からポピュラーな文学の主題だが、少女が少女に教わるという点、禁止された納屋という象徴の不穏かつ精密な使い方が、やっぱり現代的だと感じた。

それにしても、イタリア文学といえば昔は明朗だとか人生を楽しむとか官能的とかいうイメージがあったが、このアンソロジーには静謐で繊細でメランコリックで、痛ましい作品ばかりが並んでいる。最近のイタリア文学ってこんな感じなのか、とちょっと意外だった。

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