『言葉人形』 ジェフリー・フォード   ☆☆☆☆

以前に『白い果実』と『シャルビューク夫人の肖像』を読んだことがあるジェフリー・フォード、本邦初の短篇集が出たというので買ってみた。『白い果実』『シャルビューク夫人の肖像』を読んだのはもう10年以上前なので、どんな内容だったのかほとんど覚えていないが、かなり濃密で本格的な、クラシックな趣きの幻想小説だったことは覚えている。そういえば、『白い果実』を翻訳したのは山尾悠子だった。

そんな作家の短篇集はどんなだろうと興味を惹かれたのだが、本書は予想たがわず、濃密な幻想ムードに加えて盛りだくさんの仕掛けと企みに満ちた、実に歯ごたえのある幻想物語ばかりの作品集だった。ただ、訳者あとがきによればジェフリー・フォードはとても多彩な短篇を書く作家で、本書では意図的に「幻想物語」らしい短篇ばかりを集めたというから、これが著者のスタイルだと思ってしまうのも危険なのかも知れない。

さて、本書収録作品の多くは基本的に王国、騎士、魔法使い、巨人、海賊、などが出て来るいわゆるファンタジー物語がベースとなっている。が、出来上がったものはとても一筋縄ではいかない。そのベースの上に複数のプロットが重なり合い、歪み、どこかで繋がり、結果的に複雑かつ巧緻な構造の騙し絵を形作って読者を混乱させるという、そんな作品が多いのである。読み終えた後に物語の全体像を掴むことさえなかなか困難だ。

アイデアとしては、人間の考えや脳内イメージが現実化する、あるいは虚構と現実の境界線が溶解していく、といったものが多い。そして大体においてマッド・サイエンティスト的な人物が登場し、冒瀆的な研究や実験に没頭する。幻想譚としてはトラディショナルなパターンであり、こういう類のプロットに対する著者の偏愛がうかがわれる。

本書の収録短篇を絵画にたとえるなら、マチスやデュフィのような軽やかで即興的なタッチの絵ではなく、緻密に描きこまれたマニエリスティックな騙し絵というのが近いだろう。光と影に彩られ、どこかグロテスクでもある、たとえばアンチンボルドのような絵だ。

こういう傾向を如実に示す作品としては、いかにもダークファンタジーらしい、呪われたチェス盤についての物語「<熱帯>の一夜」、頭の内部の光を頭蓋に空けた穴から外に出すという奇怪なアイデアで外と内が二重写しになる「光の巨匠」、著者の乱反射的物語構造が思う存分炸裂する「湖底の下で」、あたりを挙げたい。特に「湖底の下で」では語り手の「わたし」、少年と少女、彼らの父親と妻、などの別々の物語の断片的光景が乱反射し、つながったり途切れたりしながら、複雑な構造物を作り上げていく。まるで迷宮のようだ。

ちなみに表題作の「言葉人形」は、ある共同体で野良仕事をさせる子供たちに与えられる、言葉によってできた人間の物語である。これら「言葉人形」は、子供たちの人生を支配するという。「言葉によってできた人間」というアイデアは観念的であり、メタフィクショナルでもあり、ちょっとボルヘスみたいな味わいがある。こういうところもフォードの個性の一つだ。

ちなみに冒頭の「創造」だけちょっと他と違う雰囲気があり、この著者にしては物語の構造もシンプルだ。実は本書中、私のフェイバリット短篇はこれである。序盤のストーリー展開は楳図かずおの傑作ホラー「ねがい」を連想させる。少年の創造物が動き出すという奇譚だが、後半の、谷間にいる創造物が声だけで「なぜ」と問いかけ、そして少年に「ありがとう」と呟く場面はとても美しい。そして、その会話の相手が果たして父親だったのかどうかはっきり分からない結末も、抒情的な余韻を残していて大変良い。

本書では古いものから新しいものへと創作年代順に短篇が並べられていて、そのせいかだんだんと物語構造の複雑性が増していく。後半の数篇はまったく先の展開が読めず、ひらすら地滑りを起こしながら変貌していく物語にとことん翻弄される感覚を味わった。正直、本書収録の短篇は一気に読むともう、何が何だかよく分からない。いくつかの短篇は二度読みして、やっとどんな話か理解できたほどである。

そういう意味では、かなりマニアックかつ濃厚な作品集だ。ファンタジーでもあり、騙し絵でもあり、細密描写のシュールレアリスムでもあり、メタフィクションでもある。この技巧と作り込みはまったくすごいと思うが、個人的には複雑性で読者を幻惑する手法とも感じられ、今ひとつなじめなかった。場合によってはプロットはシンプルな方が力強いと思うし、冒頭の「創造」のような瑞々しい作品がもう少しあると尚良かったと思う。

ストーリーの興奮や抒情性を求める読者よりも、精巧なミニアチュールを眺めて愉しめる人向けの短篇作品集、なのかも知れない。

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