『陸軍中野学校』 増村保造監督   ☆☆☆☆★

日本版ブルーレイを購入して鑑賞した。1966年公開のモノクロ映画である。主演は市川雷蔵、その恋人役が小川真由美、上司役が加東大介。古い映画だがさすが修復版ブルーレイだ、映像はきれいで申し分ない。

当時日本に設立されたばかりのスパイ学校の話である。「中野学校」は通称だが、どうやら本当にあった組織らしい。軍隊に入ったばかりの三好次郎(市川雷蔵)はある日呼び出され、草薙中佐(加東大介)から次々と奇妙な質問を浴びせられる。実はこれは適性をチェックするための面談で、三好は草薙中佐が新しく設立するスパイ学校の生徒としてスカウトされる。こうして集めた生徒たちに、草薙中佐は日本のために本名と家族と将来を捨ててくれ、と頼む。スパイとして、これから虚構の身分で生きていくためだ。

こうして生徒たちは家にも帰らず家族への連絡も許されず、スパイ学校での訓練が始まる。語学、暗号、拳銃、金庫破り、拷問の耐え方から女の扱い方まで、さまざまなテクニックを仕込まれていく。三好次郎は椎内次郎と名前を変えてスパイ訓練を受けていたが、やがてその厳しさと非情さに精神に変調をきたし、自殺する生徒が出る。動揺する生徒たちに草薙中佐は、一流のスパイを世界に放って世界を変えていくという彼の理想を語るのだった。

さて、急に連絡が途絶えてしまった次郎を心配した婚約者の雪子(小川真由美)は、何度も陸軍まで足を運んで問い合わせる。が、次郎の消息は杳として分からない。そのうち彼女の美貌に目をつけた軍人がタイピストとして彼女を雇うが、実は彼女は、前に働いていた会社のイギリス人社長に言いくるめられて英国のスパイとなっていた。この社長は婚約者をなくして絶望している雪子に「日本の陸軍はひどいところです、復讐しましょう」などと言って説得したのである。その頃、次郎はスパイ学校を卒業するための実地試験として、英国大使館から暗号解読コード表を盗み出す任務に取りかかろうとしていた…。

ストーリー構成はなんとなくリュック・ベンソンの『ニキータ』に似ている。主人公がスパイにスカウトされ、スパイ学校で色んな訓練を受け、卒業前に実地試験として大使館に忍び込む仕事を任せられる。大使館からコード表を盗み出す仕事は、まず別の人間に成りすまして大使館の職員に近づき、チームで罠にかけ、騙して利用するという大がかりなもので、ミッション・インポシブル風でもある。ただし雰囲気は『ニキータ』よりはるかに暗くて怖い。映画全体を冷え冷えとしたムードが包んでいる。まして『ミッション・インポシブル』みたいな楽しさは全然ない。

この背筋が寒くなる感じは、同じ増村監督の『清作の妻』『華岡青洲の妻』に通じるものがある。特に怖いのは、次郎の変貌だ。最初ははやく雪子と結婚したいと願う、まじめで婚約者思いの軍人だったのに、だんだん冷酷なスパイになっていく。特に後半の残酷な展開は、『清作の妻』や『華岡青洲の妻』を撮った増村監督らしい辛辣なアイロニーが光る。

仲間の生徒に無理やり自害させる場面も怖い。他国の軍隊なら処刑されるところだろうが、この映画では戦時中の日本らしく、自分で腹を切ることを強要するのである。ああいうことが実際にあったかどうかは分からないが、あのシーンは日本の軍隊独特の恐ろしさを漂わせていて実に陰惨で、また次郎のぞっとするような冷たさが印象的だった。

そうやってどんどん冷酷なスパイになっていく次郎の物語と並行して、婚約者・雪子の次郎探索の物語が進行するわけだが、とりあえず雪子を演じる小川真由美がとても美しい。その妖艶さから悪女役も多い小川真由美だが、本作では一途に次郎を愛するがゆえに他国のスパイとして利用されてしまう、純情であわれな女を演じている。そのあわれさ清楚さと、ノワールによく似合うクールで色っぽい美貌がちょっとミスマッチな魅力を醸し出していて、本作の小川真由美は私にはひときわ美しく感じられたのだが、皆さんはどう思われるだろうか。

もう一人の重要人物は加東大介演じる草薙中佐だが、このキャラクターはスパイ学校の校長というダークサイドの親玉的存在であるにもかかわらず、わりと人間くさいのが面白い。こういうキャラは冷酷非情に設定されがちだが、この人物はむしろ理想肌であり、情熱家である。優秀なスパイを養成して世界を変えていこうという夢を語ったりする。これは生徒を騙すための演技で実は冷酷非情な男なのかなとも思ったが、最後まで観るとそうでもなさそうだ。次郎役の市川雷蔵よりよっぽど人間くさい。できたばっかりの中野学校を認知してもらうのに苦労している、なんて同僚との会話も、会社の中間管理職みたいな苦労をうかがわせて親近感を覚える。

そして主演の市川雷蔵はというと、彼の冷たさ、そしてそこから生まれる不気味なムードがこの映画の怖さに直結しているわけで、その意味で雷蔵のきっちり抑制された演技は見事だった。彼のルックスは実はそれほど美形でも涼しげでもなく、わりと普通の顔立ちだと思うが、無表情と常に乱れることのないクールな佇まいが色っぽさを醸し出している。またこの映画にはところどころ市川雷蔵の声でナレーションが入るが、あの声も次郎のクールさを際立たせて印象的だった。

先に、本作は暗くて冷え冷えしていると書いたが、このノワールな空気感は決して嫌いではない。むしろ大好きだ。その中で化かし合いのようなスパイ大作戦と無残でアイロニックな恋愛悲劇が交錯するのだから、ノワール好きにはこたえられない。日本の戦時中スパイものというのはあんまり他では見ない異色作だと思うが、この手のシャシンが好きな人なら見て損はないだろう。クールな雷蔵と美しい小川真由美を見るだけでも元は取れます。

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