(前回の続き)

さて、本書終盤の目玉となるトピックは「師」について、つまりメンターとは何か、である。前述の通り、これから学ぼうとする者は学ぶものの価値判断がまだできない。だからメンターの能力も価値も判断できない。判断できないなら、一体どうやってメンターを選ぶのか。著者は自分が合気道の師と出会った時のエピソードや、黒澤明監督『姿三四郎』のエピソードを紹介する。

そして言う、判断できないのに選ぶには、「自分の判断基準をカッコに入れる」しかない。そしてこれこそが真に価値ある学びの方法である。逆に無知とは、時間の中で自分自身もまた変化することを勘定に入れることができない思考を言う。教育をコスパで考える思考、「オレ的には無意味」という思考がこれである。

だったらいい師に当たるかどうかは運任せか、という人に対して著者はこう言う。実を言えば、大勢の人々が考えていることとは逆に、もともと師なんて大した資質は必要ではない。師の条件はたった一つで、他人から受け取ったものを次へ手渡す、これだけだ。換言すれば、師についたことがある人であれば誰でも師になれる。

これまた非常に大胆な言説である。人の「師」になるなんてそれ相応の資格がなければ無理だ、と誰だって思うだろう。こういう常識をあっけなくひっくり返してくれるのが内田樹の真骨頂である。ワクワクしながら次のページをめくることになる。

具体例として映画『二十四の瞳』に登場する若い女先生に触れ、見ていると彼女は大したことはしていない、せいぜい生徒と一緒に泣くぐらいだ、と著者は言う。が、生徒と一緒に泣く程度のことしかできない彼女でも、立派に子供の師になれる。つまり、たいして指導力がない教師でも問題なく子供を育てられるのだ。なぜならば肝心なのは師の能力でなく、師から学ぼうとする弟子の意識の方だからだ。

驚くべき考え方である。師がどれだけ成果を上げられるかを決めるのは師の能力ではなく、弟子の意識だというのだ。

ここで『スターウォーズ シスの復讐』が出て来る。オビワンのもとで修業したアナキンは、もはや自分の実力は師を超えたと考え、オビワンを捨ててシスの暗黒卿すなわちダース・シディアスの下へと走る。そして更にダークサイドの力まで身につける。ところが最後にオビワンと対決した時、彼は超えたはずのオビワンにボロ負けする。これは深い、と著者は言う。

師の条件とは、自分も師を持っていること、そして持ち続けていること、ただそれだけなのだ。オビワンの師はヨーダであり、オビワンは優れたジェダイになってもヨーダの弟子であり続ける。だから彼はヨーダを通じて、ジェダイ全体につながっている。しかしアナキンは師を捨てた。彼はもはや、自分ひとりの力を超えることを可能にする、どんな繋がりも持っていない。

著者によれば、ジョージ・ルーカスは黒澤明『姿三四郎』の考え方をベースにこのエピソードを構想したという。すなわち、「師匠を持たない者は敗れる」。

教師の能力を計測可能な能力と考えるコスパ信奉者は、アナキンと同じピットフォールに落ちている。教師なんて何もえらくない、欠点が多い平凡な人間に過ぎない、と子供に教える親たちも同じだ。もしこの考え方が正しいとすれば、教師はスーパーマンでなければ務まらないことになる。

そうではなくて、この人を師と選び、師から学ぼうと考える意識こそが弟子を成長させる。師の能力など、実はそれほど重要な問題ではないのだ。大学出たばかりの女教師なんかに私の子供など任せられない、と主張する親は、いつまでたっても満足できる教師を見つけることはできないだろう。

余談だが、学びにおいては「自分の判断基準をカッコに入れる」ことが大切という著者の言葉を読んだ時、私は以前観た映画『日日是好日』を思い出した。あの中でも、「これはどういう意味なんですか?」と聞く生徒たちに、師匠の樹木希林は「意味は考えない。あなたたち全部頭で考え過ぎよ、習うより慣れろって言うでしょ」と言う。つまり彼女は、「自分の判断基準はいったんカッコに入れなさい」と言っていたのだ。本書を読んでそれが分かった。

本当に物事を学び、自分自身を新しいステージに導くには、今の自分を捨てる必要がある。そしてそのために、「師」の存在が必要なのかも知れない。

さて、すっかり長くなってしまったのでここらで止めておくが、本書には上記のような面白くてためになる考察がぎっちり詰まっている。他にも、今の日本社会では他人に責任転嫁できる人がクレバーな社会人という考えが浸透してしまったという話や、相手の話を聞かない人が増えたという話も身につまされてしまった。

こういう人は「要するにこういうことですよね」と言って人の話を遮ってしまう。コミュニケーションとは、本来まだ分からないことをすでに分かっていることの中に組み込んでいく作業のはずなのに、それをせず、すでに分かっていることをすべてに当てはめてしまう。私の身近なところにもいます、こんな人。

それにしても内田樹氏の本は面白い。自分がこれまで得てきた知見を裏打ちし、拡大し、あるいは覆してしまう快感に満ちている。

彼は合気道の道場をやっていて、そこであるべきコミュニティの形を模索しているらしいが、私がもっと若くて日本に住んでいたら是非参加してみたい、と思うほどだ。少なくともこのレビューでピンと来るところがあったら、是非本書を手に取ってみていただければと思います。

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