『評決』 シドニー・ルメット監督   ☆☆☆☆☆

三谷幸喜がどこかに書いていたのと同じく、私もやっぱり法廷もの映画が大好きで、『情婦』『推定無罪』『十二人の怒れる男』『それでもボクはやってない』『レインメーカー』など何度繰り返し見たか分からないし、それでも見飽きない。そんな私が名作の誉れ高い『評決』をこれまで観なかったのはポール・ニューマンの法廷ミステリらしくないイメージと、老いたダメ弁護士が奮起するというプロットにあまり惹かれなかったせいだが、実際に観てみると大変に面白かっただけでなく、この映画の品格とたたずまいにすっかり魅せられてしまった。

やっぱり、気になる映画は観ておかなければならないなあ。大体監督のシドニー・ルメットはあの不朽の名作『十二人の怒れる男』の監督であって、法廷ものの酸いも甘いも噛み分けた人物だ。本作がそうそう駄作であるはずがないのだった。

さて、法廷ものといっても映画によって味わいはさまざまである。ハラハラする波乱万丈型もあれば、甘酸っぱい青春物語風、あるいは重厚かつメランコリックないぶし銀タイプもある。この『評決』の持ち味は間違いなくいぶし銀で、クールで静謐なムード、きわめて抑制されたタッチ、そして老いた弁護士を苛む絶望感をこれでもかと描き出したところが特徴的だ。

舞台は冬のボストン。知っている人は知っているように、冬のボストンはものすごく寒い。冒頭、冬枯れの景色と老いた弁護士フランクの惨めな境遇がオーバーラップし、映画には冷え冷えとした空気感が漂う。フランク(ポール・ニューマン)はかつて大手弁護士事務所に所属していたエリートだったが不正を見過ごせずに辞める羽目となり、そのせいで仕事を干され、今では誇りも希望もなくしたアル中となって日銭仕事をあさる日々。呼ばれてもいない葬式にもぐりこんで営業活動をし、罵倒の言葉とともに追い出されたりする。惨めだ。

そんな彼のもとに久々に舞い込んだ金になる仕事が、麻酔投与のミスで植物人間になった女性の案件だった。親族は病院から示談金をもらいたいと望んでいて、病院も裁判にするより示談で済ませたい。つまり淡々と手続きすれば良い、イージーな仕事のはずだった。ところがある医者の証言から事態の悪質さを知り、植物人間になった女性の姿を見たフランクは内心の衝動に突き動かされ、親族には「絶対に勝てるから」と言って強引に病院側を訴えてしまう。

病院側の弁護士は一流事務所の大物エド(ジェームズ・メイスン)、判事はあからさまに病院側に肩入れしている。それでも彼の証言があれば勝てる、と頼りにしていた重要証人の医者が姿をくらましてしまい、フランクは慌てる。なりふり構わず一度は蹴った示談金を再び病院に打診するが、時すでに遅し。示談金どころか裁判に勝てる見込みもなくなってしまい、絶望に沈むフランク。しかしそれでも最後の気力をふるい起こし、勝てる見込みのない裁判に臨むのだった…。

とにかく、フランクの惨めさと絶望的状況がこれでもかと描かれる。アル中で周囲に見放されているなんてのは序の口で、頼りにしていた証人に逃げられた時の恥も外聞もないあわてふためきよう。示談金の話をあらためてエドに持ち掛けて「もう遅いよ」とはねつけられる屈辱。私達が望んだのは示談金であって裁判じゃない、と怒る親族を「絶対勝てるから」となだめすかし、そのあげく勝つ見込みがなくなったという、夜逃げしたいほどの立場のなさ。たまらない。

要するに単に困難な裁判に挑むというだけでなく、フランクの立場はありとあらゆる意味で惨めであり、屈辱的なのである。同じく不利な裁判に挑む『レインメーカー』のルーディーのように理想に燃える気高さ、崇高な使命感はなく、ただ不運への恨みつらみとボロボロの疲労感だけがある。裁判で戦う前に、フランクはまず自分の惨めさと向き合い、歯を食いしばって戦わねばならない。これをあのポール・ニューマンが、徹底したリアリズム演技でやるのである。

ところでポール・ニューマン自身、自分はそれまでの映画の中で常にポール・ニューマンを演じてきたが、この映画で初めてポール・ニューマンでない人間を演じた、というようなことを言っているらしい。それぐらい、この映画の主人公フランクはリアルだ。

それからこの映画の静謐さ、キリキリと極限まで抑制されたトーンも特筆すべき点だ。たとえばイージーな仕事に喜んでいたフランクが変心する場面も、非常に重要かつドラマティックなエピソードであるにもかかわらず、きわめて淡泊な描写にとどめられている。植物人間になった女性のポラロイド写真を撮りながら、フランクの手が止まり、凝然と女性を見つめる。ただそれだけだ。何のセリフも説明もない。これを見ただけでは、観客はほとんど何が起きたのか分からないだろう。

また、法廷映画としての本作の重厚感とリアリズムを支えるのは、敵方の辣腕弁護士エドを演じるジェームズ・メイスンである。大物弁護士の貫禄たっぷりだ。裁判前の準備を進める弁護団チームのミーティング光景や、重要証人へのアドバイスとリハーサル、どのシーンをとっても一流の人間のプロフェッショナリズムに溢れている。そしてもちろん、裁判が始まってからの尋問、反対尋問における自信たっぷりの物腰も見事だ。

特に、終盤フランクから思わぬ反撃をくらった際の臨機応変の対応ぶりが素晴らしい。法廷テクニックを知り尽くしたプロの凄みを見せつける。このジェームズ・メイスンと、フランクを演じたポール・ニューマンとのがっぷり四つに組んだ演技合戦のおかげで、本作はどっしりと腰が据わったものとなった。

さて、こんな風に重厚感たっぷりの硬派な本作だが、ここに絶妙の匙加減で艶やかさを添えるのがシャーロット・ランプリングである。彼女はある日フランクの前に現れ、彼と親密な仲になる。しかしそのたたずまいは終始超然としていてクール、絶望に打ちひしがれるフランクを心理的に支える存在でありながら常にミステリアスな雰囲気をまとっている。

彼女の正体は終盤明かされるが、それほどの意外性はなく、やはりプロット上の仕掛けというよりも、あの艶やかでミステリアスな存在感が大きい。この時三十代半ばのシャーロット・ランプリングの神秘的な美貌は、この映画の大きな魅力の一つとなっている。彼女がフランクに電話をかけるラストシーンも、余韻があってよい。

気分が高揚するような映画じゃなくて、どっちかというと痛々しほどにもの静かなフィルムだが、ピンと一本芯が通った、気品あふれる傑作だと思う。しばらく時間をおいてまた観たいと思っている。

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