『蝶を飼う男 シャルル・バルバラ幻想作品集』 シャルル・バルバラ   ☆☆☆★

シャルル・バルバラなる聞き慣れない作家の短篇集を入手した。19世紀後半のフランス人作家で、大詩人ボードレールと親しく交わり、ポーをボードレールに紹介し、リラダンとも面識があったと言われる人物である。ポー、リラダンという名前に思わず反応して本書を買ったわけだが、ただし、ボードレールにポーを紹介したという話は噂レベルのようだ。もともとは音楽家を目指していた人らしい。

本書の収録作品は「ある名演奏家の生涯の素描」「ウィティントン少佐」「ロマンゾフ」「蝶を飼う男」「聾者たち(後記)」の5篇。一読した感触は、かなりリラダンの『残酷物語』あたりに通じるものがある。着想や文体もなんとなく似ている。以下、一篇ずつコメントしてみたい。

冒頭の「ある名演奏家の生涯の素描」は、タイトル通り演奏家の生涯が題材だが、より正確には、晩年無残に落魄した演奏家の人生の素描である。小説の冒頭でまずルンペンのような老人が紹介され、そこから遡って幼少の頃から彼の音楽家人生を描いている。偏執的な父親に教育され、教師の選択を誤ったために基礎を身につけることができず、持ち前の勤勉さでそれなりのところまで行ったけれども結局モノにならなかった、という哀れな話である。性格的にどこか弱々しく、真の才能を欠いた柔弱な男のアンバランスで報われない人生を、端正な筆致でクールに描き出していく。

この主人公の人生は労苦と犠牲の連続だが、それを取り立てて悲惨めいてではなく、淡々と、精密かつ典雅な文体で描いているのが特徴だろう。息子の教育に情熱を燃やす演奏家の父親は、バルバラ自身の父親がモデルだそうだ。バルバラ自身音楽家を目指していたそうなので、かなり自伝的な要素が盛り込まれていると思われる。

次の「ウィティントン少佐」は、自動人間にかしずかれながら暮らす孤高の天才ウィティントンの肖像を描き出す、SF的短篇だ。題材が自動人形ということで、『未来のイヴ』を描いたリラダンとの親近性をもっとも強く感じる一篇。こっちの方が先なので、リラダンの『未来のイヴ』をインスパイアした可能性は大いにある、と訳者はあとがきに書いている。但し、『未来のイヴ』が科学への怖れやアイロニーを包含しているのに対し、この「ウィティントン少佐」は科学技術に対しほぼ手放しの崇拝トーンで貫かれている。

ウィティントン少佐宅を訪問した語り手が、魔法のような科学力によって生み出されたウィティントン少佐の発明品の数々を紹介する、という体裁で進む。ちょっとレーモン・ルーセルみたいな、数々の発明品の精密な描写で成り立っている短篇だ。先に書いたように科学技術への態度は完全に肯定的で、来るべき薔薇色の時代を作る魔法の技術、とでもいうべきトーンで一貫している。発明品を見せられる側も、常時感嘆交じりでウィティントン少佐の天才を賛美する。しかしウィティントン少佐は最後にはふさぎの虫にとりつかれ、遠い未来で目覚めるために人口冬眠する。

「ロマンゾフ」はうってかわって風変りな犯罪小説である。あるアパートに住む得体の知れない青年ロマンゾフの奇行で始まり、これが実は贋金つくりの犯罪者だったという話だが、単なる犯罪小説でなくどことなく異様な政治思想を感じさせるのは、この男ロマンゾフが貧しいものを助ける博愛精神の持ち主、というところである。

訳者によれば、これは当時フーリエが唱えた夢想的社会主義に影響を受けているとのこと。だからこの短篇も、正しくは犯罪小説ではなく、ある思想を物語の形で提示した作品というべきだろう。そういう意味では、これまでの短篇もすべて、人間を描くというよりは何らかの思想や観念、あるいは形而上学を表現するために書かれたような印象を与える。そしてその思想や形而上学は、どれもきわめて夢想的なのである。

表題作「蝶を飼う男」はとても短い作品で、蝶をはじめ色々な生物を収集している男についての短篇。これも「ウィティントン少佐」と同じく、収集物を次々と紹介する陳列型の小説だが、幻想的なだけではなく奇妙なユーモアが漂っているのが特徴だ。収集物の解説の中に、飼い主の男の繰り言というか愚痴が混じってくるのである。主題の幻想性とミスマッチ感があって、シュールな滑稽感を醸し出す。リラダンの『残酷物語』にもそういうテイストのものがあったのを思い出した。

次の「聾者たち」は、さらにユーモアが前面に出た短篇である。ユーモアといってもほのぼのしたものではなく、辛辣かつアイロニックなユーモアである。アイデアはシンプルで、耳の聞こえない男たちばかりがたまたま何人も遭遇し、お互いの言っていることを誤解し合って争い始めるという話。かなりブラックだ。今どきこんな作品を書くと、PC(ポリティカル・コレクトネス)的に問題があるんじゃないだろうか。

まあこんな内容だけれども、何度か触れたように、著者バルバラはストーリーテラーというより陳列型小説の書き手というべきだろう。「ウィティントン少佐」「蝶を飼う男」がその典型で、淡々とした、抑制された文体まで含めてレーモン・ルーセルを思わせる。緻密な文章で、オブジェのディテールにのめり込んでいくようなところも似ている。「ある名演奏家」や「ロマンゾフ」は陳列型小説ではないものの、やっぱりディテールにのめり込んでいく性癖は感じられる。

文体はリラダンの時代の幻想作家らしく、ゆったりした筆の運びで、息の長い文章が続く。この悠揚迫らぬ感じはこの時代ならではの味だと思うが、そういう意味で、19世紀幻想文学のエレガンスと格調の高さを味わえる短篇集だった。シュールレアリスティックな題材と奇妙なユーモアが結びつくところは、耽美というより一種の珍味だけれども、リラダンやポーが好きな人なら結構いけると思います。

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