『地獄』 中川信夫監督   ☆☆☆☆

クライテリオン版のDVDを購入して鑑賞。これは昔、高橋克彦氏が『幻想映画館完全版』の中で激賞していたので興味を持ち、ニューヨークのジャパン・ソサエティの日本映画上映会にまで出かけて行って観たフィルムである。中川信夫監督はあの名作『東海道四谷怪談』を撮った人で、怪談映画界隈で有名な人だ。

『幻想映画館完全版』の中では、中川信夫監督の『東海道四谷怪談』と『地獄』はいずれ劣らぬ幻想映画の名作として紹介されている。どっちも古い映画で、『東海道四谷怪談』は1959年、『地獄』は1960年公開である。

『東海道四谷怪談』は言うまでもなく「お岩さん」が化けて出て来る時代劇で、終盤はいかにも日本の怪談らしい「ヒュードロドロ」の世界が炸裂する。和の怪談というのは独特の気持ち悪さがあるが、まあ怪談のフォーマットとしてはありがちだし、ワケわからない映画ではない。

一方この『地獄』は現代劇だが、幽霊や祟りや呪いみたいなオーソドックスな怪談ではなく、登場人物達が現世で色々罪を犯して全員死に、敵も味方もみんな揃って地獄に落ちるというワケ分からない話である。地獄に落ちて針の山やら灼熱地獄やらで責め苛まれる、その様子を赤裸々に映像化した映画なのだ。異様である。怖いというより禍々しい。

そんなわけで、かつて私はおっかなびっくりジャパン・ソサエティに観に行ったわけだが、案の定、最初っから異様さ全開の映画だった。暗いタイトルバックに裸の女体が映るのも異様、そこから始まる暗い室内で展開するドラマも異様、学生服を着てシリアス顔で演技する天地茂も異様、すべてが異様だ。

そしてなんといっても異様の極みは、後半思うさま画面いっぱいに繰り広げられる地獄絵図である。この映画では登場人物の全員が死に、全員が地獄に落ちるのだが、その登場人物たちが血の池で溺れたり、針の山で足を突き刺されたり、バラバラに解体されたりする。古い映画なので特撮は大したことなく、かなりチープなのでリアルではないが、チープな特撮でこういうのを延々やられるのも相当気持ち悪い。

なんだかすごいヘンな映画を観てしまったなあと思って帰途についたのを覚えているが、じゃあなんで今回そんな映画のDVDを買ったんだと言われると、やっぱり前半部分の夢幻的雰囲気の凄さが記憶に残っていたため、ということになる。脳に憑依してしまうような映像の連続だったのだ。再見するとがっかりするのではと不安だったが、いやいや、そんなことはなかった。やはり高橋克彦氏が絶賛するだけある、凄い映画だった。

ストーリーを簡単に紹介する。大学教授の娘・幸子(ゆきこ、三ツ矢歌子)との結婚を控えた学生・清水(天知茂)は、田沼(沼田曜一)というメフィストフェレスめいた級友につきまとわれて閉口しているが、ある日彼の車に同乗している時、田沼がチンピラヤクザをひき逃げする。「お前も共犯だぞ」とムチャな脅し方をされ、馬鹿正直に苦悩する清水。

一方、死んだチンピラヤクザの妻と母親は清水の身元を突き止め、復讐のため彼を殺そうと計画する。そんなある日、清水の婚約者・幸子がタクシーの事故で死ぬ。「ぼくのせいだ、ぼくが無理にタクシーに乗せなければ…」とまたまた苦悩する清水。娘が死んだせいで、大学教授の妻は精神に異常をきたす。

折も折、母親が危篤との電報を受け取り、清水は田舎の実家に帰省する。田舎で養老院を経営している父親は若い愛人を囲い、その隣の部屋で母親は死の床に臥せっていた。更にその隣の部屋にはアル中の絵師と娘が居候していたが、その娘・幸子(さちこ、三ツ矢歌子の二役)は死んだ幸子(ゆきこ)と瓜二つだった。清水に好意を寄せる幸子(さちこ)。

その田舎へ、執念深いチンピラヤクザの妻と母親が清水を殺しにやってくる。大学教授の夫妻もやって来る。吊り橋の上に呼び出された清水はチンピラヤクザの妻に殺されそうになるが、逆に女の方が落ちて死ぬ。「ああ、またしてもぼくは人を殺してしまった…」と苦悩する清水。その頃養老院では十周年記念の大宴会が行われ、今度はチンピラヤクザの母がやってきて毒入りの食べ物と酒を配る。大学教授夫妻は自殺する。こうして全員が死に、舞台は地獄へと移るのだった…。

かなり無茶なストーリーであることは、これだけでも分かっていただけることと思う。とにかくどんどん人が死ぬ。そもそも撮り方がまったくリアリズムではなく、シュールレアリスティックな舞台劇そのものだ。画面はやたら暗いし、田沼が何もない空間から突然出現したりする。画面の構図はきわめて人工的、作為的だ。だから逆に、ストーリーがムチャクチャでもあまり気にならない。全般に、夢の中をさまよっている気分になる映画である。

こういう映画はセンスが悪いとまったく観るに堪えない独りよがりな作品になってしまうが、この映画はそうではない。そのあたりが、やはり只者ではない。

たとえば三ツ矢歌子が演じる幸子(ゆきこ)が死んで「あれ、ヒロインもう死んじゃったの?」と思っていると、そのドッペルゲンガーたる幸子(さちこ)が登場して度肝を抜かれる。この幸子と幸子は同じ傘をさしているし、その傘が養老院の庭にたくさん並べられ、めまいを誘う光景が現出したりする。こういう美術は本当に見事で、なんだか潜在意識に食い込んでくるような凄みがある。強烈な夢幻的効果で観客を幻惑するのである。

そして舞台が田舎に移ってからは、完全につげ義春のムードになる。私小説のつげ義春ではなく、シュールさ全開のつげ義春の世界である。「ねじ式」をあのまま映像化したらこれに近い雰囲気になるんじゃないかと思う。

たとえば同じ家のふすまを隔てて隣り合った畳の部屋に父親と愛人、死にかけた母親、絵師と幸子の親子が暮らしているなんて設定もシュールだし、真っ黒な機関車が突然轟音とともに登場して走り抜けるシーンもつげ義春的だ。この機関車は何度も何度も出て来るが、窓のすぐ外をモクモク煙を吹き出しながら走っていたりする。そして踏切には、「ふみきりちうい」と看板が立っている。

あの養老院も最高で、名前は「天上園」と言うのだが、前触れもなくいきなり十周年記念会が開催されるシークエンスが素晴らしい。田舎のあぜ道に貧乏くさい万国旗と日の丸が飾られ、看板が立てられ、遠くからブラスバンドの下手な演奏が聴こえてくる。いやもう、このシーンのおかしさとキモ可愛らしさはハンパなく、私は大爆笑してしまいました。

まあそんなわけで、私は後半の延々続く地獄絵図はあまり面白くなく、前半のドラマ部分、特に田舎が舞台となる中盤に魅せられた。ここで横溢する夢幻的雰囲気はほとんど驚異的だと思う。唯一無二の怪奇幻想映画だ。だったらなぜ☆四つなんだと言われそうだが、後半の地獄描写が退屈だからだ。チープだし、こけおどし感が強い。場面が地獄に変わる前までだったら、文句なく☆五つである。

ちなみになぜ幸子さんや大学教授夫妻みたいないい人達までが地獄に落とされてしまうかというと、おなかの子供を死なせてしまったり、世をはかなんで自殺したりしたからである。こういうのまで全部罪になってしまうらしい。

まあそんなわけで、実に異様な映画なので決して普通の映画ファンにおススメしない。が、つげ義春ファン、またはつげ義春的世界観の愛好家、あるいはこういう異様な映画につい心惹かれてしまう、という人は観てみるといいかも知れない。くれぐれも、自己責任でご鑑賞下さい。

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