『ロスト・ケア』 葉真中顕   ☆☆☆★

『絶叫』が強力だった葉真中顕氏のデビュー作『ロスト・ケア』を読んだ。日本ミステリー大賞新人賞受賞作である。

テーマは介護問題。深刻で出口の見えない、社会問題の闇を掘り下げていくスタイルは『絶叫』とまったく同じで、著者のアンテナの高さと取材能力が窺われる。本書ではもちろん介護される側もする側もつらい状況が克明に描かれるが、更に介護ビジネス側の辛さも扱われる。成長産業だからと言われて参入した途端に国にハシゴを外された企業の苦衷だが、それにしても、これは本当のことなのだろうか。日本の政治は一体どうなってる、と責任者の襟首つかんで揺さぶりたくなる。

そして、そんな状況であっても避けようがない高齢化社会。悪くなる一方で、しかもそれを避ける方法はないというからお先真っ暗だ。前に読んだ有吉佐和子の古典的ベストセラー『恍惚の人』は50年近く前の小説で、ボケの怖さを個別事例でもってこれでもかと描き出していたが、この『ロスト・ケア』ではそれが今、どんな風に社会全体のシステムに組み込まれてしまったかを描いている。50年たっても問題が解決されるどころか、社会の病理は深くなっているように思える。

このヘビーな題材をミステリの衣でくるんで料理してあるわけだが、テクニック的にはさすがにデビュー作だけあって、未熟さを感じる部分もある。作者の思い入れが強く出過ぎている、つまり文章に力が入り過ぎているような部分があるし、重要キャラクターである検事の大友が感情的過ぎるようなところでそう感じる。

しかし二作目の『絶叫』では全体がきわめてクールに抑制されていたことを思うと、逆に著者の上達ぶりに舌を巻く。デビュー作から二作目までに明らかに洗練され、語りの力が増している。

また、介護業者側から振り込め詐欺グループに転身してしまう佐久間というキャラも面白かったが、彼のサブプロットはちょっと中途半端に感じた。あまり本筋と絡むことなくフェードアウトしてしまう。

それから叙述トリック。『絶叫』でもそうだったが、この作者は大技の叙述トリックを使うのが好きらしい。本書でも大車輪並みの大技が炸裂する。え、これじゃ辻褄が合わなくなるんじゃないの、と心配するぐらいの大技だったが、読み返してみるとちゃんと整合していた。私は結構驚きましたよ。

しかし、それよりも一番感心したのは、「人にしてもらいたいことは何でも、あなた方も人にしなさい」というマタイ福音書の言葉の噛み砕き方である。どう噛み砕いてあるかはネタバレになるので読んでもらうしかないが、ものすごくブラックな解釈だ。が、現代日本の介護問題においては、これがもうアイロニーとは言えなくなりつつある。少なくとも、読者にそう納得させるだけのインパクトがあった。

大友検事の「罪悪感を持たせる」という犯罪者への接し方が、テーマの上で重要な伏線になっているのも見事だった。大友検事がクリスチャンであり、また本書の冒頭に福音書の言葉が引用されていることが、単なる雰囲気づくりや飾り以上の意味と企みを持っている。それどころか、物語の重要な核になっている。

つまり著者の葉真中顕氏にはただ突飛なトリックや意外な犯人を考案する能力だけでなく、観念や思想を組み立てて展開し、敷衍するという形而上学的な思考能力がある。そしてそれを物語の骨格に持ってくる構成力がある。これは作家にとって強力な武器だ。

というような色々な美点があり、かつリーダビリティも上々なのだが、小説全体に横溢するこの閉塞感、萎える感、気が滅入る感覚がやっぱり気になる。これは『絶叫』も同じだったので、やはり葉真中顕氏の持ち味なのだと思う。しかし良い小説はどれほど内容が暗くても精神を解放する、または押し広げるようなところがあると思うのだが、この人の小説は逆に精神を狭いところに押し込めてしまうような感じがある。そういうところはあまり好きではない。

読んでいてメンタルな活力を吸い取られるような気がするのだ。これはもしかすると、現代日本の閉塞感がそのまま、素のまんま作品に反映されているからなのかも知れない。日本に住んでいる人がそのあたりをどう思うのか、聞いてみたい気がする。

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