『座席ナンバー7Aの恐怖』 セバスチャン・フィツェック   ☆☆

聞いたことがない著者名だったが、飛行機サスペンスものと聞いて買った。何を隠そう、私は飛行機サスペンスには目がない。アーサー・ヘイリーの『大空港』や超有名作『シャドー81』はもちろん、キングの『ランゴリアーズ』だって大好きだ。映画も機上サスペンスと言われると問答無用で観たくなる。

セバスチャン・フィツェックはこういう分野では割と珍しいドイツの作家で、サイコスリラー系が得意らしい。アマゾンの紹介文には「とんでもない仕掛けをひそませた〈閉鎖空間タイムリミット・サスペンス〉!」とある。まあ確かに、色々と仕掛けは凝っているのだが…。

基本的に、別々の場所にいる三者の視点でストーリーは進む。一つはDV男と別れたばかりで出産間近のネリ。ベルリンで産気づいて病院に向かうためにタクシーに乗ると、誘拐されて牛舎みたいなところに監禁されてしまう。サイコ男が彼女のビデオを撮ると言うが、目的はよく分からない(どうやら牛のためらしい)。

二つ目はネリの父親である精神科医クリューガー。ベルリンにいる娘に会うために旅客機に乗り込むと、スマホに脅迫電話がかかってきて、その飛行機を墜落させろ、さもなくば娘の命はない、と言われる。乗客に飛行機を墜落させろって相当無茶な注文だが、指示されるその方法がさらに荒唐無稽なのだった。

三つ目はクリューガーの元恋人で、今は別の男性と結婚直前のフェリ。元カレのクリューガーに頼まれて、ベルリン中を走り回ってネリの行方を捜すことになる。

さて、乗客であるクリューガーがどうやって飛行機を落とすかというと、同機のチーフパーサーである女性カーヤはかつてクリューガーの患者で、精神崩壊寸前だった。今は治っているが、そのカーヤのメンタルを再び破壊し、飛行機を落とさせろ、というのだ。

マジですか、と思わず呟いた。精神医学とか心の病って、そんなに簡単にスイッチ入れたり消したりできるんでしたっけ?

という疑問をはじめ、仮にそうだとしても自分が乗ってる飛行機を落とすかな、とか、パーサーってそんなに簡単に飛行機落とせる立場だったっけ、とか、色んな疑問が頭に浮かんでくる。大体これって、飛行機を落とす方法としては「風が吹けば桶屋がもうかる」方式の、あまりに確度が低い、迂遠な方法じゃなかろうか。

うーん、これどうなんだろうなー、と思いながらも読み進めると、不自然さは解消されるどころかどんどんエスカレートしていく。結婚式を数時間後に控えたフェリが結婚相手に内緒のまま行方をくらましたり、たまたま飛び込んだ場所に偶然いた奴が重要な関係者だったり。いくらなんでもこりゃないだろう、という展開とあり得ない偶然のオンパレードだ。

要するに作者のフィツェック氏が意表をつく派手な仕掛けと、どんでん返しと、ジェットコースター的展開を最優先した結果、本書はリアルさがまったくないゲームみたいな小説になっちゃった、ということだと思う。突っ込みどころは満載だ。登場人物の心理もあまりにも不自然で、作者のご都合主義が目立つ。クリューガーがサーヤの精神破壊することに罪悪感を感じ、苦悩する心理描写などいかにも説明的で、紋切り型だ。無理やり感が拭えない。

読者をハラハラさせるジェットコースター的展開がウリというが、本書を読んだ限りどれもとってつけたようなあり得ない展開ばかりだ。なので私は途中ですっかりしらけてしまい、まったくハラハラできなかった。率直に言わせてもらえば、バカバカしくなって読み進めるのが辛かった。

そんなわけで、最後の「どんでん返し」の頃にはすべてがどうでもよくなっていた。読者の裏をかくためだけの思いつきをそのまま小説にしている感じだ。ネタバレしたくないのではっきり書かないが、真犯人の行動も辻褄が合ってないと思う。

訳者あとがきによれば、作者のフィツェックは書きながらストーリーを考える人らしい。つまり、行き当たりばったり方式。本書はまさに、そのマイナス面が如実に現れた小説だと思う。まあ、アマゾンのレコメンデーションで出てきたものを第一印象だけで買えば、こういうこともある。

リアリティなんてどうでもいいからとにかく次々と意表をつく展開をする小説を読みたい、という人以外、おススメしません。

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