『死霊伝説』 トビー・フーパー監督 ☆☆☆★
スティーヴン・キング『呪われた町』の映像化作品『死霊伝説』を、iTunesのレンタルで鑑賞した。いかにも安っぽい邦題だが、原題は「セイラムズ・ロット」でキングの原作と同じ。
もともとTV番組として1979年に制作されたもので、画面のサイズもワイドスクリーンではなくスタンダードサイズ、時間も約3時間と長い。当然、特撮も当時のTVドラマレベルである。全体に懐かしい感じが漂うホラー映画で、ホラーというより恐怖映画という呼び方が似合うフィルムだ。
とはいっても、私は意外と悪くないと思った。特撮は当時の技術なのでそれなりだが、細かいところもきっちり作ってあるし、作劇や演出も丁寧だ。だから意外とこわい。もちろん最近のショッカーと比べれば物足りないが、良質の恐怖映画に欠かせないひんやりした寒気がちゃんとある。
今更言うまでもなく、原作の『呪われた町』は大傑作である。ストーリー展開は吸血鬼ものの王道で、悠揚迫らず、小手先のごまかしがなく、骨太で、物語のストラクチャは盤石だ。そしてこの映像化は、原作にきわめて忠実になされている。もちろんあの長大な原作そのままではないが、3時間の長尺を使って、極力原作のタッチを再現しようと努めている。
キングの小説の特徴は書き込みの細かさと悠然たるスローペースで、これが映像ではなかなか再現できないのだが、本作ではがんばっている。長尺の利点を生かし、たっぷり間をとった作劇がなされている。たとえばベン・ミアーズの目の前で病院の死体が起き上がるシーンなど、無言の間とショットの切り返しを何度も挟んで緊張感を盛り上げ、観客の不安感を募らせていく。
それからキングの原作と同じように、ヴァンパイアが出てこない前半部分が長い。ここで町の人々の人間関係がじっくり描写されているのだが、こういう下ごしらえが十分になされているところも好感度が高い。特に不動産屋の不倫話やスーザンの元カレがベン・ミアーズへ嫉妬するなど、不穏な敵対関係がきちんと伏線として仕込まれ、あとあとジワジワ効いてくる。
観客に飽きられることを恐れて目先の刺激ばっかり詰め込む映画もあるが、これはそうではない。作劇が丁寧というのはそういう意味だ。それにキング世界の欠かせない魅力の一つである、アメリカの田舎町のじっとりした泥くさい雰囲気も、なかなかうまく表現されている。
それからキャストが良い。主役のベン・ミアーズは昔のTV番組「刑事スタスキー&ハッチ」でハッチを演じたデビッド・ソウルで、ものすごく久しぶりに見たが、インテリっぽい陰りがあってかっこいい。作家役に似合っている。
ヒロインのスーザンを演じるのはボニー・ベデリアで、後に『ダイハード』のマクレーン夫人を演じる人。『推定無罪』におけるハリソン・フォード夫人でもある。そして本作のキーパーソンは悪役の骨董店主ストレイカーで、演じるのは名優ジェームズ・メイソン。ヨーロッパ風の気品があって、さすがの貫禄だ。
このメインの三人がしっかりしているのに加えて、医者役のエド・フランダースや教師役のリュー・エアーズもいぶし銀の如き年配者の俳優で、熟成したいい味を出している。ただ残念なのは肝心のヴァンパイア、闇の主人たるバーローで、白塗りのメイクや怪物みたいな鳴き声は完全にB級映画のモンスターになってしまっている。
ルックス的にはノスフェラトゥを意識しているようだが、どう見ても子供だましだ。怖くもなんともない。私は窓から「入れてくれよ」とやってくる子供のヴァンパイヤの方が怖かった。あんな過剰なモンスター・メイクアップはせず、普通の俳優が控え目なメイクをして、邪悪さを演じた方がなんぼか良かっただろうと思う。
そして最後のクライマックスとなるマーステン館の戦いでは、美術さんが頑張っている。映像的には、それまでアメリカの田舎町が舞台のヴァンパイアものだったのが、あそこで一気にクラシックなゴシック譚としてのムードが溢れ出す。荒廃したマーステン館内部の迫力はなかなかのものだ。
ちなみに、原作とはラストが違う。ヴァンパイヤになってしまったスーザンにベン・ミアーズが杭を打ち込むという、もっとも衝撃的で哀しいシーンが出てこなかったので「おや?」と思っていると、最後の最後にメキシコで登場する。一番目玉になるシーンを最後に引っ張ったのだろうが、私は原作通り途中で出てきた方が良かったと思う。
まあ色々突っ込みどころはあるが、あの名作の映像化、しかもそれほど予算がないTV番組としては敢闘賞でしょう。