『シッコ』 マイケル・ムーア監督   ☆☆☆☆☆

日本語版ブルーレイを買って再見。くやしいけれども、この手のドキュメンタリーはどうしても日本語字幕がついていないと、充分腹落ちするまで理解できない。

さて、これはマイケル・ムーア監督がアメリカの医療保険制度を題材にしたドキュメンタリーである。例によってこれはおかしいだろう、という問題提起が皮肉っぽいユーモアとともに連発され、観るものの胸中に沸々と怒りを掻き立てるとともに、知的なエンタメ映画としても十分に堪能させてくれる。

しかし、実際にアメリカに住んでいる身としてはこれは笑いごとではない。米国の医療保険制度は、実際にとんでもないのである。私も常日頃からそれを肌身で感じているので、この映画を鑑賞する態度もいやが上にも真剣なものとなる。

まず前半は、アメリカの異常な医療保険制度、異常なヘルスケア業界のせいでひどい目にあった人々の実話集。もうこれがひど過ぎるのだが、たとえば保険に入っていない自営業の男性が事故で指二本切り落とし、病院に行ったらそれぞれの指に6千ドルと1万2千ドルかかると言われ、やむなく指1本だけつけてもらったという話や、まっとうな仕事を持ち保険にも入っていた共稼ぎの夫婦が、それぞれ病気になって治療費で破産し、家をなくし、娘の家の物置に引っ越す話などが出て来る。夫妻は、「ずっと働いてきて、こんなことになるとは夢にも思わなかった」と泣く。

さらに信じられない例が出て来る。妻子ある黒人男性がガンになり、医者も勧める治療法があったのに、保険会社が支払い拒否したために治療できず、亡くなってしまう。残された妻はインタビュー中に涙を流す。私の愛した人、私の子供の父親は、なぜ治療を受けることすらできずに死ななければならなかったのか、と。

保険会社の支払い拒否事例のいくつかには、冗談かと思うようなものも含まれている。行き倒れた人の救急車費用を「事前承認されていなかったから」と拒否する。がん治療を「実験的だから」と拒否する。腫瘍治療を「致命的な腫瘍でないから」と拒否する。ちなみにこの患者は、結局その「致命的でない腫瘍」で死亡した。

次にムーア監督はヘルスケア業界の人間たち、というか、かつてヘルスケア業界にいた人々にインタビューする。これも、観ていて動揺せずにはいられない映像ばかりだ。かつて自分が保険会社にやらされていた仕事の内容を告白し、良心の呵責のために泣き出す人もいる。支払い拒否の理由を探す仕事をしていた男性は、「とにかく何か拒否の理由を見つけ出すのが仕事だった。どんな小さな既往症申告漏れでも理由になる。いつだって、何か見つかるものさ」

また、良心の呵責に耐え切れず、公聴会で自分のしたことを告白した女医もいる。保険会社に雇われたドクターだった彼女は、治療を拒否すればするほど女医としての評価が上がり、地位が上がり、ボーナスが増えたという。しかし彼女は、長い間自分がやっていることと医者としての良心の板挟みになって苦しみ続けた。そしてとうとうある日耐え切れなくなり、すべてを投げ捨てて告白する道を選んだ。

これを観ていると、このような保険会社の社員たち特に経営者たちは、本当に人間なのか、と疑問が湧いてくる。笑うしかなかったのは、娘の耳の治療が片方だけしか保険適用が許可されなかった父親。「同じ病気なのに、片耳しか治療できないだと? ふざけるな!」というわけで、保険会社に電話をかける。「マイケル・ムーアが新しい映画作ってるんだけど、そのネタとしてこの話をするがいいか?」

すると、すぐに保険会社から電話がかかってくる。「いいニュースです。娘さんの治療ですが、両耳とも保険適用が承認されました」

…どういうことなんだ一体。

そして次に、この問題に取り組んでいる弁護士やジャーナリストたちへのインタビュー。彼らが言うのは、米国のヘルスケア業界では治療を拒否すればするほど利益が出る仕組みになっている。すると必然的に、会社は利益を最大化しようとして治療拒否を推進する。

つまりこれは、資本主義、市場原理主義の必然的な結果だというのだ。ある意味、保険会社は別に悪くない。ビジネスマンとして当然のこと、つまり利益を最大化しようとしているだけだ。

アメリカでは病院に行った時にまっさきに聞かれるのは、病状ではない。「金はあるか? 支払いはどうするか?」である。アメリカの病院、そして保険会社にとって患者は患者ではない。カスタマーである。カスタマーとは金を払う人のことだ。つまりアメリカでは、金を払えない人は患者になることができない。

この映画の中では実際に、支払いできない入院患者を道端に捨てる病院の例が紹介される。映像付きで。もはやその光景は、まともな人間社会のものではない。

では他の国はどうなのか。ということで、カナダ、イギリス、フランスの医療が紹介される。もちろん、金がないから治療拒否されるなんてことはない。すべて無料である。国が税金で賄うからだ。医療関係者たちはアメリカの事例を聞くと、みんな目を丸くして信じられないと言う。これらの国では、医者の仕事は患者を助けることであって、支払いを催促することではない。

しかし、たとえばカナダではその反面、タダだから治療レベルが低い、待ち時間が長い、などとも言われている。私もカナダの医療をネットで調べた時、同じことが書かれているブログやサイトを目にした。アメリカのヘルスケア業界の人間はみな、声高らかにそのことを言い立てる。だからアメリカの医療制度こそ素晴らしいのだと。

で、本当にそうだろうか、ということをマイケル・ムーアが検証する。実際にカナダの病院に行って、そこにいる人々に聞くのである。

そしてこの映画の中では、決してそんなことはない、という結論になる。これは本当だろうか? 実際にカナダに住んでいる人が同じようなことを書いているブログもあるので、私は今のところ判断を留保している。実際には行ってみないと分からないだろう。ただし、アメリカのヘルスケア業界が喧伝するほどの問題があるかは、かなり疑問である。カナダに住んでいる人に聞いてみたい。

さて、ここから後半は、911で人命救助に尽力した「ヒーロー」達の現状がレポートされる。彼らは倒壊したビルから人を助け出したり、後片付けをしたりし、そのせいで粉塵を吸い込んで呼吸器をやられたりメンタルをやられたりした。911直後には「ヒーロー」と呼ばれ喝采を受けた彼らは、今は十分な治療すら受けられずに苦しんでいる。あるいは、高価な薬の費用で経済的に追い詰められている。

マイケル・ムーアは彼らを連れてキューバに行く。行きずりの病院に入り、そこで頼むとようやく治療してもらえる。なんとも言えない気持ちになるのは、肺を悪くした女性が薬を買うシーンである。アメリカでは120ドルする薬が、キューバの薬局では5セントで売っているのである。5ドルですらない、たったの5セント! 彼女はそれを聞いて、あまりの理不尽さに泣き出す。

この映画には色々と批判もある。マイケル・ムーア自身が、映像特典の中でそれを紹介している。キューバの医療事情が実際とは違うなどの意見もあるようだ。私には細かいところは分からないが、もしかするとすべてを鵜呑みにするのは危険かも知れない。

しかし、他の国との比較どうこうは結局のところ枝葉末節だ。アメリカのヘルスケア業界、特に医療保険の実態が異常であることは明白である。だから私は、全体としてはマイケル・ムーア監督の主張は正しいと考えている。医療を金持ちの贅沢品にするべきではない。スポーツカーや薄型テレビとは違うのだ。市場原理主義に委ねて、利益追求のビジネスにしてしまってはいけない。それはコミュニティを支え、安定させ、維持するという医療の目的を考えれば明らかだ。

ちなみに、私の大好きな映画『レインメーカー』も保険会社の不正がテーマになっている。こちらはフィクションだが、この『シッコ』を観ると、あの映画の中身は実際に行われていることと大して違わないことが分かる。

本作のテーマはきわめて重要で、深刻で、しかも痛ましいものだが、マイケル・ムーア監督ならではのアイロニーとユーモアもふんだんに盛り込まれている。深い怒りを持って問題を告発しつつ、ほどよく距離をとってところどころで笑いを生み出していくバランス感覚は、彼ならではものだ。

日本では国民皆保険制度があって、現状ではアメリカと比べてはるかに恵まれている。この先アメリカみたいな状況にならないことを祈るばかりだ。

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