『私たち異者は』 スティーヴン・ミルハウザー   ☆☆☆☆

ミルハウザーの最新短篇集を読了。7篇収録されている。

スティーヴン・ミルハウザーといえば自動人形やアニメーションや空飛ぶ絨毯などの童心をくすぐるアイテムを題材に、荒唐無稽なまでの「驚異」を創り出し、読者を夢幻の境地に遊ばせてくれる作家という印象が強かった。その夢幻が単にメルヘンチックなだけでなく、時にダークな陰りを帯びているのも蠱惑的で、彼が最後のロマン主義者と呼ばれるのもそのあたりが理由だったと思う。が、その傾向がこのところ変わりつつある。

訳者の柴田元幸氏もあとがきでその変化について触れ、分かりやすい「驚異」を描いていたミルハウザーが「新たなに領域に入った」「驚異性はむしろ抑制され…(中略)…日常自体の奇怪さを浮かび上がらせている」と書いている。もちろん、肯定的にである。

私も、分かりやすい「驚異」から微妙で名状しがたい「異物」または「異物感」への変遷は、ミルハウザーの作家としての成熟を示すものという見方に異存はない。派手で分かりやすいものから、玄妙なるものへの変化だ。

そういう意味でミルハウザーはもともと独特のポジションを占める作家だったが、いまや孤高の域に達していると言っても過言ではない。本書にも、こんな小説を書けるのはミルハウザーだけという短篇ばかりが並んでいる。私はミルハウザーの存在感はちょっと筒井康隆に似ている気がしていて、彼も初期は分かりやすいパロディやブラックユーモアを書いていたが、次第に変遷して、類を見ない玄妙な小説を書くようになった。一見して明らかな、トレードマークというべきスタイルを持っているところも同じだ。

個人的には、初期の頃の嬉々としてストレートな「驚異」を呈示してくる、童心に満ちたあのミルハウザーが好きだったなあ、という気持ちがあるのも正直なところだ。とはいえ、本書にも「The Next Thing」のように、かつてのミルハウザーを思わせる作品もちゃんと含まれている。だから本書も決して従来のファンを失望させるようなものではない。変化は漸進的なものだ。

さて、個々の収録作について触れたい。冒頭の「平手打ち」は、1ページ目を読むと思わず吹き出してしまうような、なんだかふざけたアイデアの作品だ。要するにアメリカの小都市に、通りすがりの他人をいきなり平手打ちする男が出現するのだ。私は笑ってしまいました。が、ミルハウザーはこれをふざけた掌編で終わらせるのではなく、緻密にじっくり書きこんで不思議な事件のルポにしてしまう。

なんとなく、「夜の姉妹団」を思い出させる短篇だ。町に広がる困惑と混乱、そして巻き起こる議論。色んなことを言う奴が出て来る。その経緯をじっくり、生真面目に追っていく。

面白いのは、最初は駅の駐車場で活動していた「平手打ち男」がやがてストリートに進出し、しまいには他人の家の屋内にまで入ってくる。それがまたいちいちセンセーションを巻き起こす。例によって謎めいた寓話のムードも漂わせつつ、完全なナンセンスとしても読めるミルハウザーの十八番的短篇だ。

「闇と未知の物語集、第十四巻『白い手袋』」もミルハウザーお得意の少年もので、タイトルから分かる通りダークで不気味な奇譚である。ある時、少年の友達の少女が白い手袋をはめるようになる。一体彼女の手はどうなってしまったのか。楳図かずおのマンガにでもありそうな、古典的ホラー設定である。これも実際に手がどうなっているかより、白い手袋が与える不安感、得体の知れない不気味さが中心になっている。

タイトルの「闇と未知の物語集、第十四巻」というのも思わせぶりだが、特に説明はない。もしかするとシリーズ化するつもりなのかも知れないが、おそらく、筒井康隆の『驚愕の曠野』と同じく存在しない壮大なサーガを暗示し、読者の想像力を刺激する文学的詐術なのだろう。

次の「刻一刻」は、ピクニックに来ているらしい家族の奇妙な描写。小品である。実験的で、私はあまりピンと来なかった。「大気圏外空間からの侵入」も小品だが、これは童心いっぱいのお茶目な作品。いかにも侵略ものSFみたいな光景に続いて、はぐらかすようなアンチクライマックス的状況が現出する。ミスハウザーの遊びである。

ちなみに、こういうチープになってしまいそうなアイデアではシリアスな題材よりむしろ技巧が求められると思うが、こんな小品でもやっぱりミルハウザー的品格がみなぎっているのが素晴らしい。これを読むと、ミルハウザーの技巧とは物事を決して真正面から描写せず、直接的な言葉を使うことなく、遠回しに、優雅に屈折したやり方で描写することだと分かる。

次の「書物の民」は、書物から生まれた人々というアイデアをスピーチ形式で描いた短篇。ボルヘスみたいだが、形而上学的幻想というほど硬質ではなく、おとぎ話みたいなファンタジー性があるのがミルハウザー。

「The Next Thing」は前述の通り、ミルハウザーの初期スタイルを髣髴させる作品。ある町のモールに、オフィスと店の融合みたいな変わった店ができる。どれがどんどん拡大し、変化し、生き物のように進化していく。遊園地がどんどん進化する「パラダイス・パーク」や幻想的百貨店を描いた「協会の夢」、あるいは事業拡大を描いた「マーティン・ドレスラーの夢」系統の作品である。もはやお手の物、という印象だ。

そしてラストは、表題作「私たち異者は」。タイトルだけでは何のことか分からないが、読み始めるとすぐ「異者」とは幽霊のことであることが分かる。つまり、この世にとどまっている死者たちのことである。本篇の主人公は死んだ男で、彼が幽霊になって何人かの女性たちと奇妙な関係を持つというストーリー。まず四十ぐらいの女性と親しくなり、次にその姪の二十代の娘と知り合う。女たちは彼の存在に気づき、恐れるだけでなく強い関心を抱く。そして関係をこじらせていく。

こうして見てみると、どれもこれもやっぱりユニークな短篇ばかりだ。扱うオブジェやネタは変わったけれども、嗜好とアプローチは変わらない。ありきたりの作家のように喜怒哀楽や人生の哀歓ではなく、奇怪な出来事=非現実と、それに対面した時の人間の空想的リアクションをひらすら追求する姿勢は同じである。

すでに孤高の域に達した、最後のロマン主義者ミルハウザー。しかし彼はそこに安住することなく、更なる高みをめざしている。

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