『藻屑蟹』 赤松利市   ☆☆☆☆★

大藪晴彦新人賞作家のデビュー作。作者は60代前半らしい。完全に遅咲き、しかも元除染作業員にしてホームレスという異色の経歴の持ち主。何もかも型破りずくめだが、このデビュー作『藻屑蟹』がまた福島震災と除染作業が題材ということで、インパクト強すぎる新人作家の出現だ。

震災と除染が題材と言っても決してヒロイックな冒険譚でも、あるいはヒューマニスティックな感動ものではなく、福島震災後の除染ビジネスに群がる人々の欲と闇のドロドロを描く物語である。底辺から抜け出したいと願いつつ閉塞感に満ちた日常を生きる主人公、被災者とそれを受け入れる側の町の人々の複雑な心理、未曾有の災厄に金儲けのチャンスを見て群がるビジネス亡者たちの思惑。

特に辛辣で容赦ないのが、被災者への補助金がもたらす問題が赤裸々に、一切の手加減なく描かれていることである。私はアメリカ暮らしが長いこともあって震災から派生した問題の詳細やそれについての議論をほとんど知らないため、かなり衝撃的だった。衝撃的だったが、同時にやはりこういうことだったか、という納得感も大きい。

この生々しさは頭で考えた理屈ではなく、実際に作者が見聞きした経験がベースにあるからに違いない。描写や言葉が重たい。ズシンと骨にこたえ、心臓まで突き刺さってくるような貫通力がある。

つまり、金をもらって避難先の町の住人より贅沢な暮らしをする被災者と、それを見る周辺住民の羨望まじりの嫌悪感、それがもたらす亀裂、そして被災者間で勃発する補助金の差をめぐる争い。目を覆うばかりの醜い現実が次から次へとさらけ出される。特に、家族全員をなくして賠償金をもらった女の子がカラオケボックスで同級生たちから吊るし上げられ、土下座させられるエピソードは凄まじいの一言だ。

文芸編集部編集長が「リスクを冒してでも世に出さなければならないという使命感を抱くほど」の作品力、と言った意味が分かる。悲劇の主人公である被災者への批判は同調圧力が強い日本社会ではタブーにならざるを得ないが、大金が動くところに醜い軋轢が生まれないはずがない。これは被災者が悪いとか周囲が悪いとか行政が悪いとかいう話ではなく、人間の集団そのものが持つダークサイドだと思わずにはいられない。

欲深いヒールが出て来て残虐行為をする娯楽小説よりも、ずっと根が深い問題を本書は見据えている。それを手加減なく赤裸々に描き出しているからこそ、本書は傑作なのである。

本書の主人公・木島雄介はパチンコ屋の店長で日銭を稼ぎながら閉塞した毎日を送っているが、友人の誘いで除染作業員として福島に行き、そこで動く金の大きさにだんだんバランス感覚を失っていく。その一方で年老いた「伝説の」除染作業員と親しくなり、老人を利用して大金をせしめようとする友人の策略に巻き込まれていく。

木島は30代の青年なので、作者の経験が生かされているといっても自伝的小説ではないようだ。というより、キャラ設定やストーリー展開は意外とエンタメ的で、ウェルメイドなノワール小説のような感触も持ち合わせている。被災者を取り巻く状況や除染ビジネスの現場、そしてその中でもがく雄介の心理描写にはそこにいた人間だけが書き得る無骨なリアリティがある一方で、陰謀に対峙する雄介の思考や行動はノワール小説の主人公らしくまっとうで、読者を惹きつける。

キャラクターの描き分けも堂に入っていて、とても新人とは思えない。ちょっとチンピラが入った中小企業の二代目社長ノリアキや、頭悪い軽薄女かと思っているとそうじゃないことが判明するキャバクラ嬢のマキなど、とても奥行きがあって面白いキャラクターばかりだ。作者の赤松氏は、一体どこでこんなテクニックを身につけたのだろうか。

加えて、終盤にはミステリ的な謎解きまである。本書はその衝撃的な題材と社会派的奥行きに目がくらんでしまうが、闇と醜さばかりでうんざりする小説にならず、ちゃんとカタルシスを感じさせる高品質のフィクションになっているのは、この適度なエンタメ性とバランス感覚によるものだと思う。

それにしても、60いくつでいきなり小説を書いてこれが出来上がるとは、驚異としかいいようがない。作者はずっと読書好きだったというが、昔本格的に文章を書いていたということはないのだろうか。こうなると、この人の人生に興味がわいてくる。

平成最後の大型新人デビュー、という売り文句もまったく誇張に思えない。作者の他の小説も急いで入手することにする。

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