『俺達に墓はない』 澤田幸弘監督   ☆☆☆★

松田優作主演、1979年公開映画『俺達に墓はない』。79年といえば遊戯シリーズ三部作の直後、大ヒット作『蘇える金狼』と同年だ。つまり優作がハードボイルド・アクション俳優として脂が乗りきっていた時期だけれども、この『俺達に墓はない』は、ファン以外にはあまり知られていないマイナー作と言っていいと思う。

その理由はおそらく、ストーリーのスケールが小さいからである。優作の役柄も、他の有名作では凄腕の殺し屋だったり、暴力団を一人で壊滅させてしまうようなスーパー・アウトローだったり、あるいは殺人に取りつかれた狂気の男だったりと、いかにも派手でインパクト大だが、この作品ではわりと普通のチンピラだ。手がける犯罪も窃盗やバス強盗や路上ホールドアップと、結構セコい。

が、個人的には本作はかなり好印象である。映画として大傑作とは言えないだろうが、なんといっても優作本来の魅力がたっぷりと味わえる。私としては、変な方向にイっちゃってる『野獣死すべし』なんかよりよっぽどいい、と思うがどうだろう。

出演者は竹田かほり、岩城滉一、山西道弘、となんとなく『探偵物語』とかぶるメンバー。ギャグが多い軽いノリも『探偵物語』っぽいし、音楽も当時のクロスオーバーでに似たような雰囲気。ここに成田三樹夫が出てたらもう『探偵物語』そのものだ。まあ、優作の役柄は探偵じゃなくて犯罪者だけど。

それから、森下愛子がチョイ役でワンシーンだけ出ている。これは嬉しい驚き。見つけた時は「おっ、森下愛子だ」とトクした気分になった。検問を抜けるために優作が銃で脅すサイクリング・カップルの片割れだが、ホットパンツ姿がまぶしいです。

ストーリーは要するに、アウトローたちの仁義なき世界をドライにハードボイルドに描いたもの。松田優作と岩城滉一は少年院時代からつるんでる仲間で、一緒に盗みや強盗をやって食っている。次のターゲットとしてヤクザが経営する会社の金庫を狙うが、パンチパーマの男に先を越されてしまう。優作はパンチパーマを追っかけて捕まえ、お互いにヘロヘロになるまで殴り合うが、しまいには意気投合し、協力してヤクザに捕まった岩城滉一を救出する。

その後優作はパンチパーマとつるんでバス強盗をするが、ヤクザにリンチされたせいでパンチを恨む岩城滉一は、隙を見て優作を殴って気絶させ、拳銃を持ってパンチのアジトを襲撃する。パンチは優作が裏切ったと勘違いして、結果的に全員が反目し合うことになる。

やがて優作はヤクザに襲われて瀕死の重傷を負い、シャブ中の竹田かほりに助けられるが、傷が治ったら恩知らずにも彼女に銃を向け、金だけ奪って逃げようとするのだった…。

まあとにかく、仁義も友情も連帯感もへったくれもない世界。昨日仲間だった奴が今日は敵になり、銃を向けて来る、という裏切りと仲間割れを徹底して描いているのがこの映画の特徴だ。優作を兄貴兄貴と慕う岩城滉一も何度も裏切るし、優作自身も竹田かほりに平気で嘘をつき、利用する。カネがすべてのチンピラたちの非情な世界を、淡々と、飄々と描く。

『蘇える金狼』みたいなスーパーなアウトローたちの戦いではないので、さっき書いたようにスケールは小さく、こじんまりしている。演出や芝居も肩の力が抜けた感じで、リラックスして観れるのはいいけれども、格闘シーンやカーチェイス・シーンは今の目で見るとショボい。まあそのへんは、昭和のB級アクション映画という感じだ。

昭和という観点でいうと、岩城滉一の部屋もピンクレディーあたりのポスターがべたべた貼ってあって、私なんかが見るとなつかしさ満点だ。音楽もピンクレディー「ジパング」や甲斐バンド「HERO」なんかが立て続けに流れ、垢ぬけない濃厚な昭和のムードにどっぷり浸れる。これは今ドキの若者が見るとどういう風に見えるんだろう。

そんな濃厚な昭和ムードの中で、平気で女を殴り、掌を返し、恩を仇で返すというアンモラルな松田優作がのびのびと躍動する。これが本作のウリだ。変な狂気もないただのチンピラなので、かえってアンモラルっぷりが生々しい。映画の主人公がこんなことしていいのか、とも思うが、ただしどこかギリギリの線を守っているようなところがあって、そのあやういバランスがダーク・ヒーローたる松田優作の魅力なんだろうな、やっぱり。

最後、優作は竹田かほりを拾って一緒に逃亡するが、あれだってあのまま仲良くやっていけるとは到底思えない。そんな含みもあって、後味がなかなかに尾を引く映画である。私はこの映画を大昔にテレビの深夜映画で観たのだが、なんとなく今までずっと記憶にこびりついていたのも、そういうところが理由だと思う。

決して感動に涙するような映画ではないし、明日への希望が生まれることも、勇気づけられることもない映画だ。しかしアメリカン・ニューシネマの名作『俺たちに明日はない』と同じように、アウトローたちの刹那的な生きざまに虚無的な詩情が漂う。これはそういうフィルムであります。

“俺達に墓はない” への2件のフィードバック

  1.  こちらは鬱陶しい梅雨の真っ最中ですが、ニューヨークはサマータイムで日本と13時間の時差がありますね。

    NHKBSで、「俺たちに明日はない」を観た直後に、サトルさんが、この記事をアップされたのも何かのシンクロニシティかもしれない、と思ってコメントいたしました。

     ご承知のとおり、「俺たちに明日はない」は、当時、ヘイズコードによって、性的、暴力的な描写を厳しく抑えられていた米映画に風穴を開け、社会の大人、エスタブリッシュメントによる権威主義、清教徒的な思想とそれによってもたらされる安定に対する反感を扱った、アメリカンニュー・シネマの嚆矢でしたね。
    その後の日本映画にも多大なインパクトを与えた名作でありますが、70~80年代のテレビドラマには「俺たちの~」と銘打ったタイトルが多く見られ、その影響の強さがうかがわれます。
     
    この作品は、何度も裏切る舎弟分の岩城滉一を、松田優作がその都度、許すのですよね。僕には、この二人の関係性が、三蔵法師と孫悟空みたいに見えました(笑)

    >格闘シーンやカーチェイス・シーンは今の目で見るとショボい
    仰るとおりなのですが、最近のCG合成のコマ切れアクションやカーチェイスよりも落ち着いて見れましたね。
    劇中に使用された赤の117クーペが格好良かったです。

    >森下愛子がチョイ役で
     そうなんですか!僕は迂闊にも気づきませんでしたが、「サード」で鮮烈な印象を残した彼女は小悪魔風で、まるで、リアルでクラスの同級生か先輩にいそうな感じの女の子に見え、従来の映画に登場する美少女タイプと一線を画していたと思います。

    殺し屋鳴海三部作の中でも、もっとも陰鬱でハードボイルド色が強く、コミカルな要素のかけらもない「処刑遊戯」での、物語にはまったく絡まないけれど要所で登場する、不思議な時計屋の女主人役の彼女が印象的です。

    1. ユウトさん、こんにちは。日本はまだ梅雨らしいですね。ニューヨークはもう真夏です。

      さて、仰る通り松田優作は岩城滉一を何度も許します。銃を向けられた時も許すかと思ったのですが、さすがにあれは許さない。あのドライさは松田優作ならではだな、と思いました。

      森下愛子は出ているのですが、役柄的には本当に通りすがりの役で、彼女らしい小悪魔的なところが全然ないんです。だから気づきにくいと思います。

      「処刑遊戯」は昔観ましたがほとんど覚えていません。暗い映画だったなという印象だけです。また観てみたくなってきました。

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