『楽しい夜』 岸本佐知子・編   ☆☆☆☆★

前に読んだ岸本佐知子氏のアンソロジー『居心地の悪い部屋』が印象に残っていたので、このたびハードカバーの『楽しい夜』を入手した。結果的に今回もかなり充実した読書体験ができたが、ただこれは相当に変化球揃いのアンソロジーだなあ、と思う。柴田元幸氏のアンリアリズム系作家のアンソロジーなどと比べても、収録作品が醸し出す情緒、エフェクト、あるいは狙っているものがものすごく微妙であり、玄妙にして捉えがたい。

微妙というのはつまり、作品のトーンがアッパーなのかダウナーなのか明快でなく、よくも悪くも多義性に溢れ、読者を戸惑わせ、分かりやすい予定調和やキッチュさなどきれいさっぱりない、という意味だ。どれをとっても、他に似たような作品が思い浮かばない。普段エンタメ小説しか読まない人だと、「これ何が言いたいの?」となる短篇ばかりではないだろうか。

当然、題材やプロットは奇想に次ぐ奇想で、どこかしら不思議なところがある短篇が揃っている。不思議づくしだ。加えて、大体において白黒はっきりしないグレーな雰囲気である。グレーを通り越して不気味なものも多い。収録作品は以下の11篇である。

「ノース・オブ」マリー=ヘレン・ベルティーノ
「火事」ルシア・ベルリン
「ロイ・スパイヴィ」ミランダ・ジュライ
「赤いリボン」ジョージ・ソーンダーズ
「アリの巣」アリッサ・ナッティング
「亡骸スモーカー」アリッサ・ナッティング
「家族」ブレット・ロット
「楽しい夜」ジェームズ・ソルター
「テオ」デイヴ・エガーズ
「三角形」エレン・クレイジャズ
「安全航海」ラモーナ・オースベル

どんな奇想かというと、たとえば「ノース・オブ」では妹がボブ・ディランを連れて故郷の田舎町へ帰省するし、「アリの巣」は体の中にアリの巣ができる女の話である。「亡骸スモーカー」には死体の髪をたばこにして吸う男が出てくるし、「家族」では子供たちがミニチュア・サイズになる。

そういう、まったくのシュールレアリスティックな奇想の一方で、たとえば「赤いリボン」では子供が動物に殺された村に広がる動物殺戮運動、「三角形」ではナチスの同性愛者に対する非人間的措置が題材になって、より現実的な集団心理や人間心理の怖さを描いている。作品によって奇想の匙加減はさまざまだ。

私のフェイバリット短篇を挙げると、閃光のように駆け抜けていく回想のスピード感と散文詩的な文体が美しい「火事」、機上でのセレブとの出会いが奇妙な展開を見せる「ロイ・スパイヴィ」、女友達三人のとりとめのない会話が終盤で鮮やかに転調する表題作「楽しい夜」、どこか物悲しい、謎めいた神話のような「テオ」、恋人たちの現代的な関係の中にさまざまな驚きが仕掛けられた挙句、アクロバティックな結末が見事に決まる「三角形」、死者たちの航海という幻想的光景をデリケートかつ瞑想的に描いた「安全航海」、あたりだ。

特に、何を言いたいのかよく分からない微妙な短篇が多い本書において、「楽しい夜」と「三角形」は例外的に分かりやすく、かつ、どちらも結末の仕掛けが素晴らしく鮮やかだ。誰が読んでも記憶に残るに違いない見事な短篇で、すでに名作の風格を漂わせている。

一方で、私が特に不気味だと思ったのは「赤いリボン」と「アリの巣」である。不気味さの種類はそれぞれ違っていて、「赤いリボン」ではもっともらしい大義名分がファシズムになっていく怖さ。ファシズムはセンチメンタリズム(ミラン・クンデラ風に言えば、抒情性)とともに生まれてくる、ということがよく分かる。

「アリの巣」は体の中にアリの巣ができるというイメージがもうグロテスクで、この作者はどんな頭の構造をしているのかと不思議になる。アリの巣だけでなく、この短篇に登場する医者の悪意も相当に不気味だ。

そんなこんなで、いわるる「泣ける話」「ちょっといい話」「癒される話」あるいは「美しい話」みたいなものは全然なく、どっちかというと不気味でグロテスクで何が言いたいのか分からない短篇ばかりだが、実はその中に、とてもユニークな美しさや癒しがそっと忍ばせてある、かも知れない。これはそんなアンソロジーである。

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