『世界中がアイ・ラヴ・ユー』 ウディ・アレン監督   ☆☆☆★

ウディ・アレンの1996年公開作品。米国ではブルーレイが出ていないようなので、日本版ブルーレイを取り寄せて鑑賞した。とてもリラックスした、肩の力が抜けた映画で、アレン映画としてのクオリティは水準作程度だと思うが、その力の抜け具合がむしろ魅力になっている類のフィルムである。

ウディ・アレンが他の誰にも真似できない独特のスタイルの持ち主であることはご存知の通りだが、つまり、そのスタイルを完全主義的に、精緻にではなく、八分の力ぐらいで、いわばテキトーに作ったようなゆるさがある。しかもこれはミュージカルなのだ。

実際に出演俳優が歌っているらしく、そんなにうまくない。踊りだってどこか素人くさい。が、あえてそれをさらけ出している。それでいいじゃない、というアレンの声が聞こえてきそうだ。

いわば、ゆるいミュージカルだ。そういうゆるさが気に入らない人もいるだろうが、私は悪くないと思った。そもそもアレン映画の持ち味はリアリズムじゃないし、きっちり細部まで作りこんだ緻密さでもない。彼の身上はウイットと洒落っ気である。ストーリーだって大体においてご都合主義だらけだ。

だからそのテキトーさを気にすることなく、つくろうことなく、おれは重厚な名作映画よりこんなゆるくてハッピーな映画が好きなんだよ、と言っているようなこの映画が、とてもアレンらしく、素直で天真爛漫に感じる。

と言いながら、実は出演俳優の豪華さも本作の見どころである。これだけの豪華キャストでここまでゆるい映画を作るのがまた微笑ましいのだが、出演者はウディ・アレン自身を始め、ゴールディ・ホーン、ジュリア・ロバーツ、ドリュー・バリモア、エドワード・ノートン、ティム・ロス、ナタリー・ポートマン、ナターシャ・リオン、アラン・アルダ、などなど。

ゴールディ・ホーンとジュリア・ロバーツが出ているアレン映画なんてこれだけだろう。おまけに96年公開なので、今観るとみんなまだ若い。ジュリア・ロバーツは本当に美しく溌剌としてるし、ナタリー・ポートマンなんてまだ少女だ。そういう楽しみ方もあります。

物語は、ニューヨークのパーク・アベニューに住むリッチな弁護士一家の、各人それぞれの恋愛模様を軽いタッチで描く。アレンお得意の、恋愛スラップスティック・コメディだ。夫妻がゴールディ・ホーンとアラン・アルダで、子供がナタリー・ポートマン含む女の子四人と息子一人。ゴールディー・ホーンの元夫が作家のウディ・アレンで、今はパリに住んでいる。一家とは家族づきあいをしている。

物語の語り手はアレンの娘ナターシャ・リオンで、彼女はウディ・アレンが美しき人妻ジュリア・ロバーツに恋した時に、彼女を略奪する手伝いをする。精神分析医のところへ通う彼女の診療を覗き、彼女の内面の願望や欲望を全部メモしてアレンに教えるのである。

アレンはそれをフルに活用し、ヴェニスでジュリア・ロバーツを口説く。ジュリア・ロバーツは自分の内面をすべて言い当て、自分とまったく同じ感性を持つアレンの出現に衝撃を受け、「夢の男だわ」と呟く。

もうこれだけで、本作がいかにふざけた映画か分かるだろう。しかしアレンとジュリア・ロバーツのアバンチュールはあまたあるエピソードの一つで、他にも語り手のナターシャ・リオンはゴンドラの漕ぎ手と恋に落ち、大学中退して結婚すると言い出し、ナタリー・ポートマンと次女はニューヨークの富豪の息子にのぼせて三角関係になり、長女のドリュー・バリモアはエドワード・ノートンと婚約中にもかかわらず、前科者のティム・ロスに惹かれてしまう。

とにかくエピソードが盛沢山なのでこれ以上説明はしないが、最初から最後まで軽いタッチで繰り広げられるドタバタ劇の連続だ。しかも、歌と踊りが入ったミュージカル。まあ、メインになるのはドリュー・バリモアとエドワード・ノートン、アレンとジュリア・ロバーツの二つのカップルの物語といっていいだろう。

金持ち一家が主人公で(前夫のアレンもあまり売れてない作家みたいだが金には困っていない)、舞台もニューヨーク、ヴェニス、パリをまたにかけて進行するのでゴージャス感はハンパない。リアリズムくそくらえ、夢の世界へようこそ。

春、夏、秋、冬と順番に四季がめぐったあと、最後はパリのクリスマス・イブで締めくくりられる。河岸での、ゴールディー・ホーンとウディ・アレンのダンス・シーンがクライマックスである。それにしても、あのちんちくりんのウディ・アレンが大してうまくないダンスを踊るシーンが、どうしてこんなにロマンティックなのだろうか。映画のマジックとしかいいようがない。

この映画の根底を貫くメッセージは、みんな恋をしよう、そして人生を楽しもう、まだそれができるうちに。これしかない。いつものアレン映画のメッセージ、Whatever worksの精神である。

この映画の中の恋愛も、不倫、心変わり、焼けぼっくい、嘘、策略、もうなんでもありだ。それでもいいじゃないか、とアレンは言う。それで幸せになれるのならば。

性的虐待スキャンダルで現在微妙な立場にあるアレンの映画でこんなことを書くと怒られるかも知れないが、真相はまだはっきりしないようだし、そもそも作者と作品は別物である。だから書かせてもらうが、アレン映画において愛は常に善なるものであり、愛が引き起こすトラブルもまた楽し、なのだ。

愛に涙し、傷ついても、それは大きな時の流れの中で微笑みに変わっていく。本当に不幸なのは、愛がないこと、何も起きないことである。

だからアレン映画では目まぐるしく色んなことが起きるし、起きれば起きるほどに幸福感が増していく。人生もそれと同じ、とこのミュージカルの登場人物たちは歌う。恋愛エピソードではないが、一家のお爺ちゃんの葬儀で幽霊たちが歌い踊るシーンがある。彼らは歌う、人生を楽しむんだ、まだそれができるうちに。

ウディ・アレンらしい、力の抜けたゆるいミュージカル。お世辞にも完成度が高いとは言えないけれども、このアレン映画ならではの幸福感が、やっぱりこのフィルムを格別チャーミングにしている。

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