『ダイヤルMを廻せ!』 アルフレッド・ヒッチコック監督   ☆☆☆☆☆

ヒッチコックの有名作だが、今まで観たことがなかった。公開は1954年、まさにこれから絶頂期を迎え、『裏窓』『知りすぎていた男』『北北西に進路を取れ』『サイコ』と名作を連発するようになる時期の作品で、その上昇気流の勢いは本作からも十分に伝わってくる。主演はレイ・ミランドとグレース・ケリー。グレース・ケリーは本当に美しい。

さて、もともと演劇だった本作、映画もかなり舞台的だ。ほとんど夫婦のアパートの中だけで物語が進行する。しかしこの閉ざされた世界の箱庭感が、仕掛けの多いヒッチコックのスリラーにマッチするんだな。三谷幸喜のコメディにもちょっと似た感触がある。

そして本作の魅力はとにかく巧緻な脚本、これに尽きる。レイ・ミランドは『刑事コロンボ』シリーズの常連俳優だが、この映画も倒叙ミステリ、それも見事な出来の倒叙ミステリだ。『刑事コロンボ』ファンにはたまらないだろう。これだけならネタバレにならないと思うので言っておくと、ポイントは鍵である。二つある鍵の動きが状況を左右するが、最後の最後に鍵がどんな役割を果たすか、よほど注意深い観客でもまず予測できないだろう。そこへの持って行き方が巧緻きわまりない。

『コロンボ』や『古畑任三郎』でも鍵は手掛かりとしてよく登場するアイテムの一つだが、これこそ極めつけ、「鍵」モノの究極の形と言っても過言ではない。

ストーリー展開も意表をついている。まず、緻密な殺人計画がある。が、それはアクシデントにより唐突に破綻する。そして今度は、それを逆手にとった冤罪計画が進行する。もともと立てた殺人計画のさまざまなパーツが、冤罪計画のパーツとして新たに機能し始める。状況の見え方が二転三転し、騙し絵のように観客を翻弄する。グレース・ケリーは全部本当のことを言っているのに、全体としては話がおかしく聞こえてしまうのだ。

その後、グレース・ケリーの浮気相手である作家のマークが、空想のつもりで真相を言い当ててしまう、なんて遊びもアイロニカルで楽しい。真相の方が荒唐無稽に聞こえるのである。そしてここでも巧妙なのは、その仮説もたった一つの瑕疵、賊はどうやってドアを開けたか、の問題で崩れてしまう。

そして最後の大どんでん返しがやってくる。たったひとつの、ごく些細なミス。それは最初からそこにあるのだが、観客でこれに気付く人はまずいないだろう。ものすごく頭がいい盲点であり、同時にきわめてロジカルでもある。倒叙ミステリの決着としてはほぼ完璧ではないだろうか。もしこれが『刑事コロンボ』の一エピソードだったら、とびきりの傑作エピソードとして認知されただろう。

ちなみに、本作に登場する警部も、誰の味方なんだか分からないカメレオン的な雰囲気がコロンボによく似ている。

「なぜ私に電話したの?」「ボスと電話で話た時間は?」などのきわどい質問を巧みに、かつ自信たっぷりに言い抜けていくレイ・ミランドも憎たらしくて良い。破綻しそうに見えて、なかなか尻尾をつかませない。

とにかく巧緻な脚本と鮮やかな仕掛けで、観客はミステリ劇のスリルと興奮を心ゆくまで堪能できるだろう。ヒッチコック流倒叙ミステリの決定版、刑事コロンボファンは必見。

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