『その土曜日、7時58分』 シドニー・ルメット監督   ☆☆☆☆

2007年公開のシドニー・ルメット監督の遺作を、英語版DVDで鑑賞。フィリップ・シーモア・ホフマンとイーサン・ホーク主演である。ウィキペディアによれば批評家からは非常に肯定的に評価された映画とのことだが、日本語版DVDはもはや売ってない。観客受けは悪かったのだろうか。もしかしたら、主演のフィリップ・シーモア・ホフマンがあまりに悪党ヅラだからってことはあるだろうか。

フィリップ・シーモア・ホフマンといえば、個人的には『ミッション・インポッシブルIII』の悪役がとても印象に残っているが、顔を見てるだけでムカムカしてくるような感じ悪さ、ふてぶてしさ、臆面もない中年太りがこの人の特徴である。マット・デイモン主演『リプリー』中の役も、実にイヤな奴だった。私の中では「イヤな奴」俳優ナンバーワンである。

これは決して嫌っているのではなく、むしろ強烈な個性を評価しているつもりなのだが、残念ながらすでに故人になってしまった。2014年没。

この人の主演作を観るのは今回初めてだったが、やっぱり自分勝手なイヤな男ではあるものの、この映画では自分もひどい目に遭うので微妙にかわいそうでもある。弟に対して保護者意識とコンプレックスを同時に抱いていたり、父親に対する感情や妻に対する感情などどれも屈折しまくっているという、一筋縄ではいかない難しい役柄だが、さすがに貫禄の存在感で演じ切っている。

もう一人、弟を演じるイーサン・ホークはブサイク系ホフマンとは反対のイケメン系だが、こちらもこの映画では死ぬほど情けない男の役柄だ。そして、とてもうまい。おどおどした情けない感じが本当に素のように思えてくる。こんなにうまい役者さんだったのか、と驚いたぐらいだ。

この対照的なキャラながら同じくらい演技達者な二人が、どんどんドツボにはまっていく兄弟を演じるのだから見ごたえはたっぷりだ。おまけに、伏兵としてアルバート・フィニーまで控えている。クセモノ俳優を堪能するには最適のフィルムと言える。

さて、物語は簡単にいうと、それぞれの理由で金に困った兄弟が、両親がオーナーである小さな宝石店の強盗を計画する。店番は年寄り一人だし、店には保険がかかってるし、誰も損しない、誰も傷つかない、チョロい仕事だなどと言っていたが、もちろんそんなワケはなく、ちょっとしたことから歯車が狂い、どんどんドツボにはまっていく。そしてそれを糊塗するため、二人はもはや引き返せない悪魔の道へと踏み込んでいくのだった…。

金策に困って狂言じみた犯罪を企て、イージーだったはずがどんどん悲惨なことになるというパターンはコーエン兄弟の『ファーゴ』によく似ている。ただ違うのは、『ファーゴ』にはあった救いが本作にはない、ということだ。

『ファーゴ』では女保安官とその夫のまっとうさがいかにも力強く、快活で、世界観の健全な重しとなっていた。つまりグズグズに崩壊していくヤクザな連中とは好対照をなすことで、映画全体のバランスを保っていたわけが、本作ではもう全員が堕ちていく。登場人物全員がどんどん落ちていき、奈落の底に落ちきったところで終わる。

落ち方も家族の中の確執やトラウマなどが絡んでよりシリアスだし、鑑賞後は暗澹とした気分になること請け合いだ。私見ではちょっとヘビー過ぎる。

もう一つの特徴としては、時系列のシャッフルがある。事件後のシーンから事件前のシーンに戻ったり、同じシーンを別の登場人物の視点でもう一度やったりする。たとえば兄が金に困っている事情は、事件シーン後に時間をさかのぼって説明される。

ギミックとしては面白いが、たとえば『パルプ・フィクション』ほどの鮮やかな効果は上がっていないと思う。あそこまでトリッキーではなく、妙に説明的なのである。事件後に連鎖反応的にトラブルが加速していくあたりでは、急に時間が事件前に戻ることでむしろスピード感を殺いでいるようなところがある。

やっぱり本作の見どころはギリギリの地点まで追い詰められていく人々の濃厚なドラマで、特にフィリップ・シーモア・ホフマンとイーサン・ホークの壊れていく芝居は見ものだ。ホフマンは無表情に壊れていき、ホークはひたすらパニくる。

最後の方で二人がヤクの売人のアパートに押し込むシーンがあるが、そこで銃を撃つ時に、ホフマンが枕に銃を押し当てたまま葉を食いしばってブルブル震え出す。人間をやめて悪魔になるために、渾身の力を振るっているのだ。あれはすごい。

そして最後の最後、それまで朴訥とした善人みたいだったというのに、一気に全部かっさらっていく父親役のアルバート・フィニー。何なんですかあんたは、という感じで、もう壮絶の一言。あの時の顔がメッチャこわい(<どの時かは観れば分かります)。あんなラストになるとは思ってもみなかったなあ。

少々ヘビー過ぎるのが難だが、ストーリーは面白く、演技も見ごたえがあるのは確か。精神的に弱っている時は避けて、なるべく心に余裕がある時に観るようにしましょう。

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