『突然ノックの音が』 エトガル・ケレット   ☆☆☆☆

エトガル・ケレットはイスラエルの作家で、小説以外にも映画やテレビの脚本を書いている人らしい。初めて知った作家だが、なかなか面白かった。

本書に収録されているのはどれも3~6ページぐらいの超短篇ばっかりで、まれに10ページを超える作品がある程度。しかも、きわめてシュールレアリスティック。大体の感じは、ミランダ・ジュライやエイミー・ベンダーなどの「アンリアリズム」系の作家を思い浮かべてもらえばいいと思う。

たとえば、ついた嘘が次々と現実化したり、恋人の口の中にジッパーがあったり、おとなが子供に戻ったり、痔が人間になりかわったり、殺し屋が地獄に行ったり、人間がグアバの実に生まれ変わったりする。まあ、大体そんな感じの短篇ばかりだ。ウリとしては飛翔するイメージ(というよりほとんど妄想)の荒唐無稽さ、簡潔でスピーディーな文体、オフビートなユーモア、というあたりだろう。

どれも先に書いた「アンリアリズム」系作家に共通するテイストだが、この人だけの特徴をいうならば、プロットがさらに一層とりとめのないことだろうか。まるで眠っている時に見る夢のように、ストーリーが全然一貫しない。しかも展開がスピーディーなので、読んでいるうちにどんどんあさっての方向にそれていったりする。

結果的に話の全体像が掴みづらく、読み終えてからも結局どんな話だったかよく分からないものもある。「アンリアリズム」系文学の中でもかなり上級者向けではないだろうか。この手の小説を普段読まない人だと、なにこれワケ分かんない、で終わってしまう可能性が高い。

収録作のひとつ「創作」の中に、登場人物が創作クラスに行って「自動書記」をやる場面があるが、この人の書き方そのものが「自動書記」に近いような印象を受ける。思いついたものを極力整理しないで、つじつまを気にせずどんどん書くとこうなりそうだ。

が、巻末の訳者あとがきを読むと、実は最初に長いものを書いて、その後きちんと推敲し、短くしていくやり方らしい。こんな短篇でもやっぱり手間暇かけてるんだな、と当たり前のことだけれども感心した。しかし読んだ印象はもう、頭の中の妄想をそのまんま文字にしている感じだ。つまり、そう思わせるように苦心して推敲しているわけだ。

超短篇がたくさん入っているので、とりわけ印象に残ったものをいくつかご紹介したい。「健康的な朝」はアイデアが面白い。ある男がカフェに一人で入ってテーブルに座り、あとから入ってきた人の待ち合わせ相手のふりをする、という話。

つまり、相手の顔を知らないで待ち合わせをした人(ブラインド・デートとか仕事の打ち合わせとか)が入ってきて、一人で座っている彼を見ると待ち合わせ相手と勘違いする。だから彼の方も待ち合わせ相手のふりをして、いい加減に話を合わせて会話する。これを趣味にして何度も繰り返す男の話で、色々とインチキな会話が展開する。よくこんなバカバカしい話を考えたな(完全に誉め言葉です)。ギャグも笑えるし、愉しい。

「プリン」は急に子供に戻ってママからプリンをもらう話。まさに夢そのものの触感だが、子供時代とは無限大の両親の愛を無条件に受けることができた、本当に夢のように幸福な時代だったのだなあ、と思い出させ、おとなが読むとどこかほろりとさせられる。

「チクッ」は恋人(夫かも知れない)の舌の下にファスナーを見つけて、それを開けると別の男が出てくるというかっとんだ話。完全に妄想の類である。最後は自分の舌の下にもファスナーを見つける。

「創作」はさっき書いたが、妻が創作教室に通って小説を書き、高い評価を受けて本を出すことになり、やがて夫も創作教室に申し込んで小説を書く、という話。妻の書いた小説や夫の書いた小説のあらすじがいくつか紹介されるが、どれも奇想天外で面白い。最後に出てくる夫の小説は、魚が人間になって大金持ちの実業家になるという話だが、結末がない。結末がない、と謝ったところでこの短篇は終わる。なんとも人を喰っていて、自由というか、もうなりふり構わない短篇だが、そこが痛快である。

「プードル」は死んだ妻がプードルになって夫と会話する、という話で、私の大好きなマーク・ストランドの「更なる人生を」(村上春樹訳『犬の生活』収録)を思わせる短篇。

「一発」もまたとりとめのないプロットで、ある男が玩具のセールス会議のためニューヨークに飛行機で飛び、荷物がなくなり、訪問先のビルで入館拒否され、殴られ、その後出血しながらCEOに会う、という話である。一体何が言いたいのだろうか。多分何も言いたくはなく、文章とイメージの運動を面白がっているだけなんだろう。そしてそういう読み方をすれば面白い短篇である。

「金魚」は三つの願いをかなえる金魚についてのインタビュー・プロジェクトを思いつく男の話で、男はこれを実行してテレビ番組にしようとする。かたや、本当に願いをかなえる金魚も登場する。これもまたはっきりした結末がなく、何がどうなったのか何度か読み返したが分からなかった。この短篇集を読んでいると時々そういうことがあって、頭をかしげながら読み進めなければならない。

「グアバ」は人間がグアバの実になる話。飛行機が墜落する直前に天使がやってきて願いをかなえてやるという。男は「世界に平和を」と願う。天使はその願いに呆れ果てる。一方で男は生まれ変わってグアバの実になり、グアバの実なので世界平和などもうどうでもよく、毎日ただひたすら「木から落ちませんように」と心配するだけという、そんな短篇である。はっはっはっ。まあこの面白さはあらすじだけ聞いてもダメで、この文体とスピード感で実際に読んでみないと分からない。

とにかく、そんな話ばかりがいっぱい詰まっている。ばかばかしいと言えばばかばかしい。しかし、中身がないのに文章の運動力だけで読む快感を味わわせるというのは実は相当に高度な技である。フローベールだって、書く内容じゃなくて文体の力だけで屹立している小説こそ理想だ、と言っている。

上に書いたような話を「面白そう」と思う人がどれぐらいいるか分からないが、この手の小説が嫌いじゃない人にとっては、かなり良質の短篇集である。

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