『ローズマリーの赤ちゃん』 アイラ・レヴィン   ☆☆☆☆

先日映画のブルーレイを買って再見し、面白かったので、原作小説を読み返してみた。週末に一気読みしたが、やっぱり面白い。典型的なジェットコースター型エンタメ小説で、文体は簡潔、話の展開はスピーディー、かつスリリング。あっという間にサクサク読めてしまう。一気読みの快感を味わうには最適だ。まあ、その分どっしりした読後感には欠けるが。

ストーリーはご存知の方も多いだろうが、ニューヨークの古いアパートに入居したローズマリーとガイの新婚夫婦が、隣人の年老いたキャスタベット夫妻と知り合う。ある日奇怪な夢を見たローズマリーは自分が妊娠したことを知るが、夫ガイやキャスタベット夫妻の行動にだんだん不審を感じ始め、やがて生まれてくる赤ちゃんを彼らが悪魔の生贄にしようとしているのでは、という疑念に苦しめられる。果たしてこれは被害妄想なのか、それとも真実か。

とてもよく出来たストーリーで、サスペンス小説のお手本のようだ。すべてはローズマリーの被害妄想とも取れるし、そうでないとも考えられる。読者は常に宙づりにされ、先へ先へと読み進めずにはいられない。中だるみする部分が一切なく、エピソードの配置は最大限の効果を上げるよう計算され、伏線も必要十分に張られている。読者はそのうちガイがキャスタベット家へ行くだけで、あるいはミニーがドアをノックするだけで、不安を感じるようになる。

映画と比較してみると、もうほとんどすべて同じである。小説の方が多少ディテールが多い程度で、ストーリーもキーとなるエピソードも登場人物の描写もセリフも、まるで変わらない。一つ違いを上げるとすれば、小説の方がローズマリーの心理が詳しく描写されている。妊娠したローズマリーがたんだんと疑心暗鬼になっていくところ、周囲の人間を疑うようになる思考のプロセスが、分かりやすく丁寧に描かれる。

といっても、映画で分からなかった部分が分かる、というようなことはない。つまり、映画でも同じくらいよく分かるのであって、これは要するに映画の出来がいいということに他ならない。はっきり言って、原作を読むと映画がいかに見事な出来かということを思い知らされる。原作より面白くなっているという意味ではなく(原作も十分面白いのだから)、原作の面白さを生かし切り、かつ映画ならではの面白さを足し込んだ映像化がなされているということだ。

たとえば、だんだん蒼白になっていくローズマリーのビジュアル。短髪にしたミア・ファローの、あの青ざめた人形のようなルックスは映画の観客に強烈な印象を残さずにはおかないし、ローズマリーとガイの若い夫婦に不気味に干渉してくるキャスタベット夫妻も、ルース・ゴードンとシドニー・ブラックマーの二人の存在感にはすさまじいものがある。

特にけたたましくエネルギッシュなルース・ゴードンのインパクトは絶大で、原作小説では大柄な女性と書かれているが、映画を観た後では小柄なルーズ・ゴードンの姿しか浮かんで来ない。

それに最初この二人が登場するシーン、派手に着飾ったルーズ・ゴードンと赤とピンクのスーツを着たシドニー・ブラックマーが腕を組んで歩いてくる場面では、あまりにも異様なその風体に誰もが唖然としてしまうだろう。

いかんいかん、つい映画のことばかり書いてしまったが、面白い小説を映画化して同等のクオリティを達成した映画化は稀であることを考えると、『ローズマリーの赤ちゃん』はきわめて幸福な例と言っていいと思う。映画と小説のどっちも面白く、それぞれがお互いを補強し合う関係にある。

なので、本を読んで面白いと思った方は、ぜひ映画も観ていただきたい。

ところで、このハヤカワ文庫版の日本語訳については不満がある。訳がこなれていないし、今読むと明らかに古い。夫婦が愛を交わすところで「ラブする」なんて文章が出てくる。いくらなんでもこれはない。これだけ面白い、もはや古典的なエンタメ小説なので、ぜひ新訳を出していただきたい。

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