『変わったタイプ』 トム・ハンクス   ☆☆☆☆★

著者名にご注目いただきたい。トム・ハンクス。そう、これはあのハリウッド俳優、トム・ハンクスが書いた小説集なのである。短篇が17収録されている。

アマゾンのレビューが悪くなかったので買ってみたのだが、正直、内容は映画スターの手慰み程度なんじゃないかと思っていた。ところが、蓋を開けてみると全然そんなことはない。かなり良い。しかも本格的である。文章、ストーリー、アイデア、バラエティに富んだ短篇の配置、それら全部からプロの作家の匂いがする。

特徴は、とにかく各短篇がバラエティに富んでいること。アイデアの多彩さとムードの振れ幅がハンパない。ナンセンスなふざけた掌編からしみじみした哀感を湛えた文芸的短篇まで、スタイル面でもトラディショナルな三人称小説から新聞コラムのパスティーシュや映画のシナリオ形式まで、軽々とこなしてみせる。題材はそれこそ恋愛もの、戦争の記憶、月旅行、離婚、ショービズと目まぐるしく移り変わる。

そんなバラエティに富んだ17篇を一つの作品集として束ねているのは、どの短篇にも必ずタイプライターが登場する、というちょっとしたアイデアである。登場のしかたや重要性は短篇によってさまざまで、ほんのちょっとチラッと出てくるだけというものもあれば、タイプライターそのものが堂々と主題になっているものもある。

いくつかピックアップしてご紹介したい。おそらく映画スターとしてのトム・ハンクスの体験がなければ書かれなかったと思われるのは、「光の街のジャンケット」。ショービズ界の内幕をからかったような短篇で、大スター女優と、たまたまその相手役として起用された無名の若手俳優がプロモ―ションのため世界中をツアーして回る話。

おふざけ感満点だが、こんなかっとんだ話にもかかわらず妙にディテールがリアルなのは、書き手がトム・ハンクスというこっちの先入観だろうか。いつも映画作るたびにこんなことやってんのかな、と思ってしまう。それにしてもこんなゴチャッとした話をデフォルメして、スッキリとテンポよく読ませる筆力は大したものである。

「グリーン通りの一ヵ月」は、一度は結婚したことがあって子供もいるおとな同士の恋愛を、手堅く、しっとりと描く。さわやかでミントような情緒漂う、洒落た短篇である。恋愛ものだが心理の移り変わりがストーリーのきもで、ラブシーンはひとつもない。

「アラン・ビーン、ほか四名」は幼馴染四人組が月旅行をする話。この四人組は他のいくつかの短篇にも登場する、いわば本作品集のレギュラー・メンバーだが、SF的な話はこれだけだ。といっても、雰囲気は全然SFっぽくない。宇宙船に乗って月に行くんだからSFと言っていいはずなのに、トーンが他の短篇と一緒で、同級生同士で手軽に宇宙船に乗って月に行って帰って来る。月旅行ビジネスが現実になったらこんなことがあるかも、といった感じだ。これら17篇の中で、これが最初に書かれた短篇らしい。映画『アポロ13』でトム・ハンクスが喋ったセリフが出てくる、なんてことが訳者あとがきに書いてある。

「配役は誰だ」はやはり映画界の話で、田舎からニューヨークに出てきて苦労する女優志望の娘が主人公。序盤はどん底にいる彼女が悶々としている描写なので、暗い苦労話かなと思っていると、後半不思議な展開になる。この人の書く短篇って実はかなりイケてるのでは、と最初に思わされたのがこの短篇だ。

映画界で働く知人にばったり出会って彼の部屋に連れていかれ、彼がタイプライターで彼女のするべきことや今後の計画をどんどん書き出していくのだが、芸名をどうするかなんて妙に細かい話をするのが面白い。序盤の苦労話をはぐらかすような展開で、かつ予定調和的なドラマではなくディテールの意外性で読ませ、かつあっさりとブツンと終わらせてしまう。なんだか他愛もない話に思えるが、まったく先を予想させない話の運び、微妙なはぐらかしと距離感のセンスは只者じゃないと思わせる。

同じようなタイプの短篇が、タイプライターそのものを大きくフィーチャーした「心の中で思うこと」。これもいいなあ。ヒロインがタイプライターを修理しようと近所の店に行き、そこで店主の老人が彼女に芸術品のような素晴らしいタイプライターを見せる。短篇のテーマは一応人生にくじけそうになっているヒロインの心境だが、どう考えてもタイプライターに関するマニアックな会話とフェティッシュな描写を愉しむ短篇だ。店主の老人には、おとぎ話に出てくる魔法使いみたいなファンタジックな存在感がある。

最後の「スティーヴ・ウォンは、パーフェクト」も、この路線の短篇といっていいだろう。要するに、ただひたすらボーリングでストライクを出し続ける男の話である。このばかばかしさがなんとも言えず洒落ている。

その神がかりな記録が話題となり、彼は有名になる。テレビ局がやってくる。驚くべき記録を更新し続ける彼が、ついにテレビカメラの前で投げる一投の緊張感ったらない。ワンアイデアで押していく短篇だが、そのシンプリシティが実にすがすがしい。しかもそれだけじゃなくて、話の持っていき方がうまい。こういう他愛もなくナンセンスなストーリーこそ、うまく書くのが難しいのである。

また違う傾向の短篇としては、両親の離婚を間近に控えた少年が母親と一緒に過ごす週末を描いた「特別な週末」。これはもうちょっと内省的なムードで、映像で言うなら薄曇りの感じ。はっきりした起承転結はなく、特別な事件が起きるわけでもないのに、微妙なドラマツルギーの連鎖で読者の関心をそらさない。実にうまい。ニュアンス豊かで、多義的な短篇だ。

それから不法入国、難民などの社会問題を扱っているように見えて結局ふざけたギャグで締める「コスタスに会え」。こういうフットワークの軽さ、はぐらかし方はとても俳優の余技とは思えないなあ。この人は一体、どこでこういうテクニックを身につけたのだろうか。

「過去は大事なもの」もなんとなく意外な、堂々たるSFである。「アラン・ビーン、ほか四名」と違って、仕掛けと世界観をきっちり構成していくタイプの、トラディショナルなSFだ。タイムトラベルが可能となった未来から過去に戻って一人の女性と出会い、心を奪われる高齢の男性が主人公。とてもロマンティックで、どこかノスタルジックな香りがする。が、ストーリー展開はかなりスリリングで、一級品のエンタメだ。

まあ、こんなところでやめておきましょう。どの短篇もそれぞれ読みごたえがあるし、定期的に挿入される新聞コラムのパスティーシュも愉しい。かなり笑えます。「ニューヨーカー」誌に掲載された短篇もあるということだが、このクオリティなら納得だ。あのトム・ハンクスが作者ということを度外視しても、相当おススメの短篇集である。

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