『パーソナル・ショッパー』 オリヴィエ・アサイヤス監督   ☆☆☆☆

Nextfixで鑑賞。ちょっとスタイリッシュなホラー映画かなと思って時間つぶしのつもりで観たら、予想を覆される結果となった。これはゴースト・ストーリーではあるが、ホラー映画ではない。というか、どんな映画か定義しがたい、相当なクセモノ映画だ。あとで調べたところ、監督はフランス人で元『カイエ・デュ・シネマ』の批評家、そして本作はカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で監督賞を受賞したらしい。

物語はとてつもなく奇妙だ。ヒロインのモーリーン(クリステン・スチュワート)はパリに住み、セレブの服を代理でショッピングするパーソナル・ショッパー。しばらく前に死んだ双子の兄が最期の時を過ごした田舎の家に行って、兄が霊界からサインを送るのを待っている。霊媒だった兄がそう約束したからだが、その状況を家のオーナーやバイヤーに報告し、やはり霊界に関心を持つバイヤー夫妻は、モーリーンに抽象画の先駆者で霊界からのメッセージを描いたという画家を紹介する。モーリーンは画集を買い、ネットで画家の情報を収集する。

兄ではない、天使に似たゴーストとエクトプラズムを田舎の家で目撃したモーリーンは逃げ出すが、その直後から見知らぬ人間からのテキスト・メッセージを受信するようになる。メッセージの送信者は彼女の行動を詳しくモニタしている。モーリーンは送信者は死者かも知れないと疑うが、次第に誰とも知れない人間とのテキスト会話に没頭していく。

送信者がモーリーンにタブーを破る行動を示唆すると、彼女は言われるがままに禁じられている行為、すなわち雇い主用に買った服の着用をし、自画撮り写真を相手に送る。同時に、彼女のまわりにはゴーストが出没する。

そんな中で、モーリーンの雇い主であるセレブが殺害される。モーリーンは警察の尋問を受け、テキストの送信者からはホテルへ呼び出しを受ける。モーリーンがホテルへ行くと、部屋に何かが入ってくる(その後は省略のため何が起きたか不明)。ホテルを出ていく殺人者を警察は逮捕する。

事件後、モーリーンは兄の元婚約者の新しい恋人と、兄の霊について会話する。彼女の背後で男は消え、コーヒーカップが床に落ちて割れる。ボーイフレンドがいるオマーンへ旅行したモーリーンは、宙に浮くコーヒーカップを見る。彼女は霊に向かってあなたは私の兄か、それともこれは自分自身なのか、と問いかける。

一応ミステリ・サスペンス風のプロットがメイン(見知らぬ誰かからのメッセージと、雇い主の殺害)だが、その周囲をとりとめのないディテールが埋めつくしている。しかも、それらとりとめのないディテールはどれも奇妙だ。

そもそもパーソナル・ショッパーという職業が奇妙だし、死んだ兄からのサインを待つオカルト的行為も奇妙、その経過報告に関心を払うバイヤー夫妻も奇妙。会おうとしてもなかなか会えない雇い主セレブとの関係も不条理だし、見知らぬテキスト送信者の言うがままにタブーを犯し自画撮り写真を送るモーリーンの行動も不可解。

これらの奇妙さはただデタラメではなく、どこかフィリップ・K・ディックやトマス・ピンチョンの小説に似たセンス・オブ・ワンダーを漂わせる。分かりやすい例はモーリーンが過去の抽象画家を調べるエピソードで、この女流画家はカンディンスキー以前に抽象画を描いたが、それは霊界からのメッセージを絵にしたものだった。しかしそれが世界に理解されないことが分かっていたため、彼女の絵は数十年間、画家自身の遺言によって封印されていたという。

面白い。モーリーンがインターネットを駆使してこの古い画家の絵を検索するシークエンスには、フィリップ・K・ディックの後期作品を思わせるビザールな、現実離れしたスラップスティックなセンスが横溢する。

そう考えると、霊界からのメッセージに関心を寄せるバイヤー夫妻とのパリのカフェでの会話とか、セレブのための変わった服や靴のショッピングとかいう細かい部分にも、やはり同じセンスを感じ取ることができる。モーリーンが雇い主になんとか1, 2分の時間をもらおうと声をかける場面では、雇い主と弁護士はスマホごしにゴリラについて電話会議をしている。

というわけで、私がこの映画最大の魅力だと考えるのはこれである。このビザールで微妙に現実離れした、現代の「不思議の国のアリス」的センスは、この映画を埋め尽くす些細なディテールの数々から共通して匂って来るものだ。

その一方で、ミステリ・サスペンス要素の中核であるテキスト・メッセージのやり取りは、むしろ凡庸で、サスペンス映画の定石的で、あまり面白いとは思えなかった。個人的にはあれを止めて、もっと周辺的なエピソードを詰め込み、とりとめのなさをエスカレートさせた方が良かったんじゃないかと思う。ただそうすると、全体としてはもっとわけが分からない映画になっただろうけれども。

強引にまとめてしまうと、この映画は一見プロットの柱のように思える殺人とテキスト・メッセージによるストーキングは結局どうということのない、娯楽映画に見せかけるためのエクスキューズみたいなもので、本質は周辺のとりとめのないエピソード群の、つかみどころのないシュールさの方にある、というのが私の意見である。ちょっと極端だろうか。

まあそれにしても、わけ分からない映画であると同時に、不思議とチャーミングなフィルムである。映画全体に漂うひんやりしたメランコリックな空気と、生々しく脈打つようなパリの街並みも、観ていて心地よかった。

 

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