絶対の自信をもって断言するが、私はジャッキー・チェンには似ていない。似ても似つかないと思うし、日本人でそんなことをいう人は皆無のはずだ。が、西洋人にはやはり東洋人の顔がどれも似て見えるのかも知れない。子供だったらなおさらだ。以下は以前、私がケネディ空港で経験したエピソードである。

それはまだマンハッタンにツインタワー・ビルが建っていた頃のこと。私はケネディ空港の到着ターミナルで時間を潰していた。日本からニューヨークに遊びに来る友人をピックアップするためだ。

到着ロビーに早く着いたので、ベンチに座って文庫本を読んでいた。午後もはやい時間で、巨大なガラス窓の外は晴天、ロビーは明るく広々としていた。人のざわめきが心地よく、もうすぐなつかしい友人に会える幸福感が私を満たしていた。

少し離れた場所に白人の夫婦が座っていた。会話している彼らのそばのスペースで、子供たちが三人遊んでいた。全員男の子で、一番大きい子が多分小学校の高学年ぐらい、他の二人はもっと小さい。髪の色がバラバラなので、もしかすると兄弟じゃなく親戚同士か友達同士なのかも知れない。少年たちは、世界中どこでも男の子が数人集まれば必ずやるような遊びに熱中していた。つまり、くんずほぐれつしながらチョップやキックを繰り出し、格闘のまねごとをしていた。

私と子供たちは20メートルぐらい離れていたと思う。私は時々、遊んでいる子供たちを眺めるともなく眺め、ぼんやりと目を休め、また本の続きを読むという調子で時間をつぶしていた。

ふと見ると、子供たちが遊ぶのやめて、三人立ち尽くしてじっと私の方を見ている。何だろう、と思ったが特に気にすることもなく、また読書を続けた。しばらくして顔を上げると、子供たちが私のすぐそばに来ている。よく分からないが、私に興味を持っているようだ。

日本人があんまりいない異国の町に行くとこういうことがあるが、ニューヨークでは何国人であってもどんな人種であっても、珍しがられることはない。何だろうと思っていると、一番年上の少年が私に話しかけてきた。「あなたは中国人?」

こんな時アメリカ人の子供はフランクだ。人見知りということをしない。友達に話しかけるように話しかけてくるのがとても気持ちいい。そこで私も気持ちよく答えた。「いや、ぼくは日本人だよ」

すると彼は口をつぐんで私の顔をじろじろ見る。あてが外れた、という風に見えなくもない。それから第二の質問。「ジャッキー・チェンを知ってる?」

なるほど、そう来たか。この子たちはおそらくジャッキー・チェンのファンで、私が東洋人だとみてジャッキー・チェンのことでも聞きたいんだろうな。破顔しつつ私は答えた。「もちろん、知ってるさ!」

私の笑いと確信に満ちた態度、そしておそらくは半分からかい気味の口調が彼をミスリードしたのかも知れない(しかし、こんな質問を子供たちから受けてニヤニヤせずにいられるおとながいるだろうか?)。

で、第三の質問は私の予想の45度斜め上あたりから飛んできた。「あなたはジャッキー・チェン?(Are you Jackie Chan?)」

これにはびっくりして、思わず吹き出してしまった。これまでも有名人の誰々に似てると言われたことはあるが、ジャッキー・チェンは初めてだ。そもそも全然似てないし。もしかして私をからかっているのかな、と思いながらも一応まじめに答えた。「いや、違うよ」

が、三人の子供たちの顔は真剣そのものだ。にこりともせず、私を注視している。特に質問をした年長の子は無言のまま、じろじろと私の顔を見ていた。私は不思議な気分になった。この子たちは本当に私がジャッキー・チェンかも知れないと思ったのだろうか? 子供が考えることはミステリーだ。少年はもう質問をしなかった。やがて納得がいったらしく、ちびっこ三人組はまた私から遠ざかって行った。

が、遠ざかっていきながら、彼らが今度は「ジャッキー・チェンは果たして中国人か日本人か?」というテーマで議論を開始したのを、私の耳は聞き逃さなかった。

***

話はこれだけだ。思うにあの少年たちは、三人ともジャッキー・チェンの大ファンなのだろう。でなければあんな遠くにいた私に目をつけ、わざわざ近寄ってきて「あなたはジャッキー・チェンか?」などと尋ねるわけがない。

もしかしたら、以下のようなやりとりがあったのかも知れない、と空想してみる。

少年1「おい、あれ見ろよ。あそこに一人で座ってる東洋人」
少年2「それがどうした?」
少年1「ジャッキー・チェンに似てないか?」
少年2「うーん、似てないんじゃないか」
少年3「いや、似てるよ」
少年1「ぼくも似てると思う。もしかしたら、ジャッキーかも」
少年2「こんなところにいるかなあ?」
少年3「ケネディ空港だぜ、いてもおかしくないよ」
少年1「確認してみよう。近くに行けばもっとよく見えるし」

もし私があそこでふざけて、「うん、ぼくはジャッキー・チェンだ」と答えていたら一体どうなっていたのだろう、と思わなくもないが、やっぱり純真な子供を騙すのはよくないことだ。

それにしても、私が今でもはっきり覚えているのは、Are you Jackie Chan?と聞いてきた時の、あの少年の真剣なまなざしだ。そこには国籍も、人種も、民族主義も、宗教も、政治も、打算も、何もなかった。ただ、好きなものは好きだという思いだけ。彼らが遠ざかっていってから私の幸福感が更に大きく膨らみ、このひとときが輝かしい午後として私の記憶に刻み込まれたことは言うまでもない。

そして、私がこのささやかなエピソードから学んだことをひとつあげるとすれば、世界中の子供たちに愛されるジャッキー・チェンは偉大である、ということだ。もうこれしかない。

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