今週の水曜日に久しぶりにニューヨークに雪が降った。この冬はあまり雪が降らない。今回で多分三回目ぐらいだし、そもそもまだ大雪というものがない。もちろん、大雪やストームになると色々大変なので、ないに越したことはない。

水曜日に降った雪も、空からヒラヒラ舞い落ちてくるようなぼたん雪じゃなく、風にまじってビュービュー吹きつけてくる粉雪で、数インチ積もった程度だ。人の往来が激しいマンハッタンではあっという間に溶けてしまった。しばらくは舗道がベシャベシャで、ひどく歩きづらかった。

私が住んでいるニュージャージーの田舎は川をひとつ隔てているだけなのにマンハッタンより明らかに寒く、積雪もマンハッタンより多いのだが、それでも週末までにほとんど溶けてしまった。

ところで、上の写真は水曜日のランチタイムに撮ったマンハッタンの光景だけれども、通行人があまり傘をさしていないことにご注目下さい。もしかすると写真でははっきり分からないかも知れないが、雪は結構激しく降っていた。

が、ざっと見たところ、歩いている人々の中で傘をさしているのは1/4か1/3ぐらいだった。私はこれぐらい雪が降っていれば必ず傘をさすし、日本人なら大体そうだと思う。そうでないとちょっと歩くだけで雪まみれになってしまう。

ところがアメリカ人はあまり傘をささない。雪だけじゃなく、小雨の時もささない人が多い。私はこれを昔から面白い習慣の違いだと思っていたので、ある時アメリカ人の男性に尋ねたことがある。

その彼は、小雨程度だったら自分は傘はささないし、雪だったら絶対に傘はささない、と答えた。「だって雪じゃ濡れないだろう」と彼は言う。
「でも、雪まみれになったらすぐに雪が溶けて濡れるじゃないか」
「だって、雪は屋内に入る時に払い落とせばいい。そうすれば濡れない」

なるほど、それはそうかも知れない。

しかし、それより興味深かったのは、彼が雪と雨を明確に別物だと考えているらしいことだった。私の感覚では、雪と雨は言ってみればバリエーションが違うだけで、水が降って来るという意味で基本的には同じという気がする。気温が低いと雨は凍って雪になるが、その正体は雨だ。だから傘をさすのも自然だ。

しかしあのアメリカ人の感覚では、雨は傘をさすものだが、雪は違う。彼は、どんなに大雪が降っていても、それが雪である限り自分は絶対に傘をささない、と断言した。なんだかおかしな主張だが、それにしても、これはかなり気合が入った峻別であり、もはや信念をともなう哲学だといっても過言ではない。彼にとって、雨と雪は本質的に異質なものなのだ。

では小雨でも傘をささないのはどうなのか、という疑問が出てくる。もちろん小雨の場合は激しい降りになると傘をさすらしいので、雪とは事情が違う。とはいえ、「雪はどんな大雪でも濡れないものだ」というさっきの彼の感覚を踏まえるならば、結局、どれくらい濡れてもオッケーなのか、という合理的な見きわめがすべての基本という気もする。まあ、当然のことだ。そしてその許容できるラインが、欧米人の場合は日本人よりかなりゆるやかということのようだ。

ウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』の中で、主演のオーウェン・ウィルソンがパリで雨が降り出した時、「小雨じゃないか、歩いて行こうよ。その方がロマンティックだよ」と言うのに対し、婚約者のレイチェル・マクアダムスとその母親は「意味が分からない、濡れるなんてまっぴらよ。全然ロマンティックなんかじゃないわ」と言って、さっさとタクシーに乗り込むシーンがある。

この後オーウェン・ウィルソンは一人で雨の中を歩くのだが、小雨の中を濡れながら歩くのがロマンティック、という発想にちょっと驚いた記憶がある。白状すれば、私もレイチェル・マクアダムスとその母親に近く、小雨でもすぐ傘をさしてしまう方だ。

断っておくが、この場合の「小雨」は決して「霧雨」ではない。ちゃんと雨が降っているが土砂降りではなく、ざざ降りでもない、という程度だと思って欲しい。日本人ならたいていの人は傘をさすはずである。

ちなみにこの映画のラスト、オーウェン・ウィルソンはやっぱり小雨なら傘をささないレア・セイドゥと出会い、彼女と一緒に雨の中を歩み去っていく。ここでは明らかに、小雨の中を傘をささずに歩く行為が詩的なものであり、粋なことだと見なされている。

だとすれば、雨が降り出すやいなや「お、雨だ」とすばやく傘をさす私は、無粋きわまりない人間ということになる。

また別の時、今度はアメリカ人の女性とこの話をしたが、彼女はやっぱり「小雨なら傘をささない」派で、男性が小雨で傘をさしているのを見ると「ひ弱」な印象を受ける、と言った。

なるほど、確かに土砂降りの中傘もささず、ズブ濡れになっても気にせず笑っている男はワイルドだし、「男の中の男」みたいで、アメリカン的にかっこいいのかも知れない。

が、私だって小雨に濡れたらすぐ風邪をひいて寝込むわけじゃない。ただ、服が濡れるのが気持ち悪いだけだ。「ひ弱」とは心外である。だからそのアメリカ人女性には、日本人が小雨でも傘をさすのはひ弱なせいではなく、カルチャーの違いなのだ、と力をこめて説明しておいた。

ちなみに、私が思うにニューヨーク近辺では日本より天気の移り変わりが激しい。朝カラッと晴れていても午後になると雨が降ったりする。だから私は、いつ雨が降ってきてもいいように、常に折り畳み傘を持ち歩いている。

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