『知りすぎていた男』 アルフレッド・ヒッチコック監督   ☆☆☆☆

iTunesのレンタルで久しぶりに鑑賞。ヒッチコック映画の中でも5本の指に入る有名作だろう。主演はジェームズ・スチュアートとドリス・デイ。いわゆる「巻き込まれ型」スリラーの典型である。

妻と幼い息子を連れてマラケシュを観光旅行中のアメリカ人医師(ジェームズ・スチュアート)が、たまたま知り合った男の、死に際の伝言を聞いてしまう。この男は実はイギリスのスパイで、その伝言とは要人の暗殺計画の情報だった。

警察に行って供述しようとするとさっそく匿名の電話がかかってきて、息子は預かった、無事に返して欲しくば伝言の内容は一言も漏らすな、と脅される。なんとか警察をごまかしてホテルに戻ると、息子を預けていた親切な老夫婦の姿が消えている。取り乱す妻をなんとかなだめ、マッケンナ医師は暗殺計画の舞台であるイギリスに飛び、息子を取り戻すための必死の努力を開始する…。

ストーリー的には、ふつう自力でなんとかしようとせず警察に協力するだろとか、敵のアジトである教会に乗り込んで見つかった時点でマッケンナ医師は殺されるだろとか、犯人グループが人質の子供をあんなに連れて回らないだろとか、最後のパーティー会場でのマッケンナ医師の計画とは結局何だったんだろとか、突っ込みどころは多い。今のスリラー映画、アクション映画に慣れた目で見てハラハラできるかというと、微妙である。が、この映画の良さはそういうことではない。

やはりこの映画の魅力は、古き良き豪奢なスリラー映画の香りと感触を堪能できること、これに尽きる。いわばビンテージものの味わいである。マラケシュの異国情緒、たまたま知り合ったうさんくさいミステリアスな男、オペラハウスでの豪華な演奏会、カーテンの影にたたずむ暗殺者。そしてなんといっても、この映画の代名詞ともいえるあのシンバルと楽譜。

演奏会のさなかに実行される要人の暗殺計画は、曲が盛り上がってシンバルが打ち鳴らされるその瞬間に銃口が火を噴く、というものだった。シンバルが鳴るのはたった一回だけ。演奏が始まり、コンサート会場に飛び込んできマッケンナ医師が警官たちに駆け寄る。一方、客席の通路にいるマッケンナ夫人はボックス席を探し、暗殺者を見つける。カーテンの影から、銃口がじりじりと突き出してくる…。

緊迫したこのシーン、サウンドはオーケストラの演奏のみである。楽譜の先にあるシンバルの記号、それが発砲のサインなのだ。刻々と近づく運命の時、それを時間(音楽)と図面(楽譜)の両方で見せるというのはまったく素晴らしいアイデアだ。オーケストラの演奏と暗殺をリンクさせたこのシークエンスはとても有名で、この映画といえば条件反射的にこのシーンを思い浮かべる人も多いはずだ。

実際、私は久しぶりにこの映画を観たが、このシーンが映画のクライマックスだと思いこんでいたのにそうじゃなかったので驚いた。クライマックスはこの後のパーティー・シーンで、そこでもドリス・デイが「ケ・セラ・セラ」を歌う有名シーンがあるのだが、そっちはすっかり忘れていた。それぐらい、このコンサート会場の暗殺シーンは印象的だ。

オープニング・クレジットでオーケストラの中のシンバル奏者がクローズアップされるのも、このシーンの刷り込みに一役買っている。たった一度シンバルを打ち鳴らすだけの奏者が思わせぶりにアップになるので、何だろうこれはと観客の注意を惹きつける効果が満点。あとでストーリーを知り、ああなるほど、と腑に落ちる仕掛けになっている。もちろんこのシーンは色んな映画に引用されていて、『ミッション・インポシブル ローグ・ネイション』の演奏会狙撃シーンは完全なパクリ、というかオマージュだったのは記憶に新しい。

このシーンだけでなく、マラケシュの往来で刺されてマッケンナの腕の中に倒れ込むスパイや、死に際の伝言、教会のシーン、そして「ケ・セラ・セラ」など、色んな映画に引用されるシーンや記憶に残るシーンのてんこ盛りだ。要するに、いちいち絵になっているのである。クラシックの風格十分だ。だからハラハラ感が足りないなどと言わず、このヴィンテージならではの風格と芳香を楽しむのがよろしいでしょう。

ただし、あえてケチをつけるならば序盤の丁寧な展開に比べて、終わりが弱い。銃を突きつけられてマッケンナ医師と息子が階段を下りてくるシークエンスもなんだかあっけなく、安直な助かり方だ。工夫が感じられない。それに、やっと助かったと思ったらホテルの友達に一言ギャグをかまして終わり、というラストはあまりに余韻がなさすぎる。クラシックなムードと風格が本作の魅力だとするならば、やはり結末にもう少し何かあっていい。別に愁嘆場にする必要はないが、マッケンナ夫人の腕に息子が飛び込む場面ぐらいあってもいいんじゃないか?

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