ニューヨークで暮らしているとハリウッド・スターやロック・スターなど有名人を見かけることがあるか、と時々知り合いから聞かれるけれども、確かにそういうこともある。もちろん日常的にではない、ごくたまにである。

私の例でいうと、まずブルース・ウィリスを見た。もうずいぶん前、『ダイハード3』の撮影中のことだ。

ビレッジのアスタープレース駅で地下鉄を降りて、ブロードウェイを歩いていると、通行止めになっている場所があって、人だかりができている。何事かと足を止めて見ると、どうやら映画の撮影らしい。カメラや照明やケーブルがものものしく設置され、スタッフらしき人々がウロウロしている。

マンハッタンを歩いていると、時々こういう光景に出くわすことがある。が、そこに有名な映画スターがいることはあんまりない。が、この時は違った。ブルース・ウィリスがいたのである。ちょうど撮影の合間だったようで、スタッフと一緒にカメラを覗き込んでいた。いかにも、たった今撮ったシーンをチェックしているところ、といった風である。

『ダイハード3を観た人は知っていると思うが、ブルース・ウィリスは上半身に白いランニングだけ着て銃のホルスターをつけた、あの格好である。全然ファッショナブルじゃなく、むしろ薄汚れている。しかも皆さんご存知通り、彼の頭髪は寂しい。が、どうしたことだろう、生で見るブルース・ウィリスはめちゃくちゃカッコいいのである。これには驚いた。

断っておくが、私はとりたてて彼のファンではない。断言してもいいが、それまでの人生でブルース・ウィリスをカッコいいなんて思ったことは一度もなかった。ところがどうだ、生で見る彼は、遠目に見ても明らかにカッコいいのである。どう見ても普通の人間ではない。

なるほど、これがスターのオーラというものか、と私は生まれて初めて感じ入った。と同時に、ハゲててもカッコイイってことがあるんだなあ、と驚きつつ感心したものである。

それからもうひとり、私の場合こういう話で忘れちゃいけないのは、ビリー・ジョエルである。

彼の場合、ただ見たというだけじゃなくて、短いながらも会話を交わし、サインをもらい、握手までした。しかもサイン会などのファン・サービスの場ではなく(ビリー・ジョエルがサイン会やったりするかどうか知らないが)、完全なプライベート・タイムである。

場所はどこかというと、当時私が働いていたオフィスの隣にあるレストランだった。正確にはニューヨーク市54番街の、マディソン街と五番街の間で、オフィス・ビルが密集しているいわゆるミッドタウンのど真ん中。レストランはギリシャ料理だか地中海料理だかの店だったと思う。

私がランチタイムにオフィスでだらだらと仕事をしていると、外から戻ってきた誰かが、今隣のレストランにビリー・ジョエルがいる、と言う。え、マジか、これは行くしかない、と思ってただちにエレベーターに乗ってロビーまで降り、54番街側のエントランスから外に出た。

そして隣のレストランのオープンカフェ部分にサーチライトの如き視線をギロギロと投げかけると、いた。確かにビリー・ジョエルである。

帽子もかぶっていないしサングラスもかけていない、ごく普通の装いなのですぐに分かった。同年代らしき男性と二人連れで、小さな丸テーブルに座って、普通に淡々と会話している。食事の前なのかすでに終わったのか、二人の目の前に料理の皿は並んでいない。

うーむ、これはサインをもらいに行きたいぞ、と思ったが、この状況で突撃するのはやはり躊躇がある。明らかにプライベート・タイムだし、しかも仕事の関係者か友人かは分からないが、かなり近しいと思われる人とリラックスした会話の最中である。声をかけて迷惑げな顔をされ、今はプレイベートだから邪魔しないでくれ、なんて言われた日には相当なショックだ。立ち直れない。自己嫌悪のあまり、叫びながら駆け出してしまうかも知れない。

そこで私は、周囲の状況をチェックした。なんせ平日のミッドタウンのど真ん中の、ランチタイムである。オープンカフェで堂々を素顔をさらしているビリー・ジョエルにニューヨーカー達が気づかないわけがない。通行人たちがあちこちで足を止めて見ている。視線の集中砲火状態だ。

ただ、私にもちょっと意外だったのだけれども、良く言えばフレンドリー、悪く言えば図々しいアメリカ人たちも、この状況で気軽に「やあビリー、おれあんたのファンなんだよ。ちょっくら握手とサインを頼むよ」なんて声をかけたりはしないのだった。おずおずと遠巻きにして、「まあ、ビリー・ジョエルがいるわ! 本物よ。声をかけたいけど、どうしようかしら…」みたいな感じで、ただ眺めている。

ここでサインをもらいに突っ込んでいくと、この人々の視線をも強烈に浴びることになってしまうが、おそらく道端でビリー・ジョエルを見かけるなんてことはこれが最初で最後、二度とないチャンスだ。もう行くしかない、と決心して私はテーブルに近づき、「大変失礼ですが、ミスター・ビリー・ジョエルですか?」と声をかけた。

するとそれまで前傾姿勢で会話していた相手の男性がすっと身を引いた。慣れている感じだ。一方、ビリー・ジョエル氏は私を見上げて「イエス」と言った。『ストレンジャー』や『素顔のままで』を歌ったあの声で、である。しかも、特に迷惑そうな顔ではない。

俄然勇気づけられた私は、「サササ、サインをいただけませんか?」と、持っていた手帳とペンを差し出した。すると彼は慣れた手つきで、すらすらとサインをする。

おおこれはいける、と更に勇気づけられた私は、今度は「あくあくあく、握手をしていただけませんか?」と手を差し出した。ビリー・ジョエル氏は嫌そうな顔もせず、ちょっと笑みを浮かべて握手をしてくれた。その間、連れの男性は嫌そうな顔もせず、黙って待っている。

そんなわけで、私はこの世界的ポップスターの気さくな対応に大感動しつつ、その場を離れたのである。遠巻きにして眺めているニューヨーカー達も、なんとなく羨ましそうだ(私の勝手な想像だが)。が、一人が行ったからといってみんな「おれもおれも」と続く様子でもない。やっぱり遠巻きにして眺めている。

その後私はオフィスに戻り、また仕事を続けたが、あの時ビリー・ジョエルがサインしてくれた手帳のページは、当然ながらいまでも大事に保存してある。

*  

さて、その他ちょっと見かけただけという有名人はチラホラといる。たとえば、タイムズ・スクエアでアーノルド・シュワルツェネガーを見たことがある。が、その時はプライベートではなく、歩道に設置された台の上に載って喋っていたので、多分何かのプロモーションだったのだろう。もちろん、その周りにはわんさか人だかりができていた。

それから、ちょっとマニアックなところでは、ジョン・ルーリーを見た。映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』に出ている、あの俳優兼ミュージシャンのジョン・ルーリーである。42丁目のグランド・セントラル駅に入ろうとしてふと路上を見ると、ストリートのど真ん中でチャリンコをぐるぐる乗り回している人がいて、なんだか見たことある顔だなー、と思ってよくよく見ると、ジョン・ルーリーだった。

その時はあまり気づいている人はいなさそうで、少なくとも人垣ができているということはなかった。ファッションから何からあの映画の雰囲気そのままで、子供が遊ぶように自転車を乗り回している姿がいかにも自由人ぽくて、彼らしいなあ、と思ったことを覚えている。

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