私は妻を連れて地中海に面したその小さな島にやってきた。それは夏のいちばんいい季節で、海はきらめき、崖は黒く湿り、浜辺の砂は洗いたてのシーツのよう、散歩道に立ち並ぶ木々は太陽から滴る金の蜜を浴びたみたいだった。島のサイズは大きくも小さくもなく、人々は素朴で気立てが良かった。小石がちらばった道にはロバが行きかっていた。そう、それはとても美しい島だった。私は妻を喜ばせたかった。できることなら妻の顔にかつてそこにあったあの優しい笑みを取り戻し、ついでに私への信頼を遠い過去から呼び戻したかった。だからこそ忙しい時期に休暇を取り、ニューヨークの豪奢なペントハウスを離れてこの島にやってきたのだ。私は真実に目をつぶるつもりはない。確かに妻と私の間には問題があった。けれども私にはさいわい使いきれないほどの財産があり、それをもってすれば妻との関係も修復できるんじゃないか、私たちの結婚生活もまだなんとかなるんじゃないかとの希望を捨てきれずにいた。

 あの日ホテルの前で車から降り立った妻の姿を、私は今でも脳裏に思い浮かべることができる。彼女は輝くばかりに美しかった。白いゆったりしたサマードレス、つばの広い帽子、黒いサングラス、そして目の覚めるような朱色のルージュ。私は惚れぼれとその姿を眺めた。妻はいつも、どんな一流モデルと並んでも決して見劣りしなかった。そして私たちの関係がどんなにぎくしゃくしたものになっても、私が彼女の姿を見飽きることはなかった。私はいつも彼女の熱烈な賛美者だったし、あの日ももちろんそうだった。そんな時、かつての彼女なら私にうっとりするような微笑みを返しただろう。けれどもその時は違った。彼女の視線は私がそこにいることさえ気づかないみたいに、青くかすんだ水平線のあたりを漂っていた。それから私は彼女の手を取ってホテルのロビーに入っていった。浅黒い顔に口ひげを生やした支配人が現れ、私たちを冷房の効きすぎた支配人室へと案内した。支配人は笑みをたたえ、私に刺繍の入った名刺を渡した。そして自分たちにできることが何かあれば、どんなことでも言いつけて欲しいと言った。
「ありがとう、ミスタ・ペンドラゴン」と私は彼の手を握りながら言った。「ではこの島で一番美しい眺望を楽しめる場所を教えてもらえないだろうか。それから、私たちの部屋の冷蔵庫にはシャンパンをきらさないようにお願いしたい」

 私たちは海が見えるスイートに入り、ベランダで遅い昼食をとった。眼下には鏡のような地中海がどこまでも広がり、その中に小さな島影が点在していた。「見てごらん」と私は妻に声をかけた。「素晴らしい眺めじゃないか」けれどもこのごろいつもそうであるように、妻の口数は少なかった。

 次の日から、私は妻をリムジンに乗せて色んな場所に連れていった(リムジンのドライバーは有能な案内人でもあった)。夢のような入り江、幻のような砂浜、蜃気楼のような遺跡、そして詩のような灯台。夕焼けの金色に染まる海と空。その中のいくつかはホテルの支配人が教えてくれた場所だった。そしてまた、木立の天蓋が風に揺れるパリ風のオープンカフェや、夜になると美しくライトアップされる船舶の形をしたシーフードレストラン(このような島でも金さえ出せば最高級の美食が手に入った)。こうして妻と一緒に過しながら、私は彼女を注意深く観察した。その顔を横切る表情を何ひとつ見逃すまいとつとめた。しかしどれほど目を凝らしても、私はそこに熱情のひとかけら、あるいは歓びのひとしずくすら認めることはできなかった。彼女の額はどこまでも平静で、まなざしは慎ましく、口元は禁欲的だった。彼女の私に対する態度は常にエレガントで、妻が私に対して敬意を欠いていると非難することは誰にもできなかっただろう。しかしその奥にはガラスのような無関心と、棒切れのような諦観があった。彼女は人生を愉しむことを放棄していたのだ。それはなんと痛々しい眺めだったことか。妻のように若くて美しい女性が、まるで修道女か何かのように人生に背を向けている光景は。

 そんな状態で会話がはずむわけもなく、私たちの間にはしばしば沈黙の帳が下りた。その沈黙は手でさわれるようだった。それは私を妻から、そして私から妻を隔てていた、ばかげた金魚鉢か何かみたいに。その顔を目の前にはっきり見ているというのに、彼女の存在は私から切り離されていたのである。そしてそのことを、妻はまるで気にしていなかった。

 こうした倦怠と無為の状態の中で、私の想念はしばしば、彼女と私がまだ親密だった結婚当初の日々に戻っていった。あの頃、彼女は私の話を聞いてよく笑ったものだった。私に向かって怒り、囁き、なじり、時には涙を流すことさえあった。それらのすべてはまぎれもない愛情の発露として私の目に映った。たとえば一緒に住むための家を探しに行った時、私たちはペンキを塗りなおしたばかりのキッチンの戸棚やバスルームの扉を、片っぱしから開けて回った。手すりのある広い階段を上る時は手をつないだ。彼女は襞のたくさんあるふんわりした薄青い色のスカートをはいていて、私はそれをすごく好きだと言った。すると彼女は私の首に手を回して、首筋にすばやくキスをした。

 また別の時、ふりしきる落ち葉の中を湖までドライブして帰ってきた秋の夕べには、シューベルトやショパンを小さな音でかけながらふたりで読書をした。早めにベッドにもぐりこみ、読んだばかりの本の内容をお互いに話してきかせた。外では風が吹いている。木々のこずえが夜の闇の中でざわめく音が伝わってくる。私たちはそれに耳を傾けながら、あるいは傾けるふりをしながら、お互いの身体をいそいそと抱き寄せたものだった。

 そんな物思いに耽っていた私を、携帯電話の音が現実に引き戻した。それはリムジンのドライバーからで、ホテルの玄関に到着したとの連絡だった。今日はどこに行きたいかと、私は妻に尋ねた。「あなたが連れていってくださるところなら、どこでも」

 妻を伴ってロビーに降り、リムジンに乗り込んだ。リムジンが滑るように動き出した時、私は自らにこう問いかけた。あの頃の幸せはどこに消えてしまったのだろうかと。しかしまたこうも考えた、私たちは確かに今よりも親密だったが、それは表面だけのことではなかっただろうか。彼女は最初から、私との結婚を妥協の産物として考えていたのではないか。同時に、私の脳裏にはアポロン像を思わせるハンサムな一人の青年の顔が浮かんできた。青年は競技用の海パンだけを身につけ、気をつけの姿勢で飛び込み台に立っている。胸の筋肉は盛り上がり、腹筋は大理石のように固い。私が彼を最初に見たのはオリンピックのテレビ中継だった。幼馴染なの、と妻は言った。小学校ではずっと同じクラスだったわ。その時彼女は、青年について知っていることをすべて話してくれた。青年の泳ぎは素晴らしかった。彼はもちろん金メダルを取った。妻は飛び上がって喜んだ。「なんてすてきなんでしょう! お祝いをしなくちゃ!」
私たちはシャンペンを開けた。三ヵ月後私はワシントンの式典に招かれ、そこで彼女を水泳選手に引き合わせた。二人の再会は感動的だった。まるで長いことはなればなれだった肉親の再会のように。私は思わず涙ぐんだ。水泳選手を自宅の晩餐に招待した。妻の態度が変わり始めたのはそれからだった。

 夫婦の関係が冷たくなった後、私は何度も自分に問いかけたものだった。あのふたりは以前から愛し合っていたのだろうか、幼い頃から宿命的な恋人同士だったのだろうかと。その考えは私の頭の中をグルグル回り、そうすることによって妻がどんどん遠ざかっていくのが分かったが、私はどうしてもその考えを追い払うことができなかった。

 リムジンが目的地に到着し、私たちは外へ出た。足元には白い砂があり、海ははるか下に位置していた。そこは高台になっていて、石でできた遺跡があった。空気は冷たく、太陽に近いせいか、まぶしい光に刺し貫かれるような心地がした。私は海辺の人だかりを指差し、あれは何だろうと尋ねた。「一週間後に遠泳大会をやるんです」と案内人が答えた。「あれはその準備です」

 私たちはしばらく散策し、早めにホテルに戻った。窓の外がだんだん暗くなっていくにつれ、私は物悲しい気分になった。疲れていたのかも知れない。ルームサービスに食事を頼んだ。妻がテレビのスイッチを入れた。テレビの画面には、さっき私たちがいた場所が映っていた。レポーターがこの島で開催される遠泳大会を手みじかに紹介したあとで、オリンピックの金メダリストである有名な水泳選手がロサンジェルスからやってきて参加の予定である、とつけ加えた。アポロン像のような見慣れた顔写真がテレビに映し出された。心臓の鼓動が乱れたような気がしたが、私は口をつぐんでいた。まもなくメイドが食事を運んできた。翌朝、私は新聞で遠泳大会の記事を読んだ。そこには彼の写真が大きく出ていた。朝食のトーストにマーマレードを塗りながら、私は妻に言った。「彼が島に来るらしいね」そして新聞の写真を見せた。「君に会いに来るのかい?」
妻は無言だった。私は新聞をたたんでテーブルに置き、チーズオムレツと格闘を始めた。その日は暑くなった。私たちはビーチに行き、パラソルを立て、水着になってデッキチェアに寝そべった。

 目を閉じて波の音に囲まれながら、私は彼のことを考えた。あるいは、彼と妻のことを。彼がこの島へ来るというニュースは私にとって衝撃だった。ふたりは示し合わせてこの島で会うことにしたのだ。私はどっと疲労を感じ、自分が老人になったような気がした。ふたりはどこで会うつもりなのだろう。私は妻の横顔を見た。妻は太陽に向かって目を閉じた顔を差し出していた。その顔に広がる平和、そして落ち着きは、来るべき彼との逢瀬を夢見ているかのようだった。妻はいつもに増して美しかった。けれどもその美しさは、私の胸にもはや嫉妬の感情をかき立てることはなかった。私は静かな諦めとともにこう考えた、ふたりが私の人生から去っていけば、再び静けさが訪れるだろう。何が起きるにせよ、私はそれを受け入れよう。

 遠泳大会の日、私たちは火山見物に出かけた。海はそろそろ見飽きたわ、と妻が言ったからだ。そうですね、と案内人が答えた、じゃあ火山見物はいかがでしょう。火口があって、煙が出ています。展望台とレストランがあります。よさそうね、と妻が言った。私は妻の横顔を見つめながら何を考えているのだろうといぶかしんだ。が、結局なりゆきにまかせる他なかった。

 すばらしい天気だった。紫がかった蒼穹の中に薄い雲がたなびいていた。リムジンは山道を走り、やがて展望台に着いた。緑はほとんどなく、むき出しの大地の裂け目が目の前にあった。まるで巨大な傷跡か何かみたいに。青い石がそこらじゅうに散らばっていた。風が強く、妻は吹き飛ばされないように手で帽子をおさえた。妻が言った。「すばらしい眺めじゃない?」
私はうなずいた。「すばらしい眺めだね」

 それから私たちはレストランに入った。片隅のテーブルに腰かけ、サラダとステーキを頼んだ。大きな窓越しに火口から立ちのぼる煙が見えた。それは荒々しく暴力的で、どこか荘厳さを感じさせる光景だった。妻はその光景を見ながら、心ここにあらずといった調子でどうでもいいことを喋り続けた。その時の彼女は、普段の彼女ではなかった。騒々しく、落ち着きがなく、痛ましい。私はそんな妻を眺め、水泳選手のことを考えているのだなと思った。そしてその時はじめて、彼女の顔に浮かぶ濃い憔悴の色に気づいた。私はステーキを機械的に口に運びながら考えた。彼女は今夜、彼のところへ行くのだろう。

 私たちはレストランを出て、展望台からのびる小径をずっと歩いていった。妻は再び無口になり、火口の方ばかり眺めていた。私たちは車に戻った。それからだんだん陰ってくる夕暮れの光の中を、ホテルに向かって走った。もう会話はなかった。車から降りてロビーを横切る時、バーカウンターの前に群がっている人々が目に入った。彼らはテレビのニュースを見ながら、興奮した口調で話し合っていた。何か遠泳大会に関係があることらしかった。私はその中の一人に尋ねた。「どうしたんだね?」
「遠泳大会で、有名な水泳選手が死んだらしい」とその男が言った。「オリンピックで金メダルを取った若い選手だ」

 テレビにはアポロン像のような水泳選手の写真が映っていた。ナレーションの声が、溺死だと告げていた。遠泳大会の最中に起きた、嘆かわしい事故だと。画面が変わり、ビデオ撮影の映像が流れた。海辺の人ごみの中を担架に載せられて運ばれていく彼の映像だった。映像はぶれ気味で、わき腹と、不自然にだらりと下がった右腕が見えた。力を失い、ぐにゃぐにゃしているように思えた。青白く、しおれた花みたいだった。けれどもそれはかつては美しく引き締まり、生命力に溢れ、太陽と海の中で光を浴び、力強く屹立して人々の喝采を浴びた肉体だった。

 気がつくと、私は一人でそこに立ちつくしていた。部屋に上がっていくと、妻は窓際の肘掛け椅子に座り、次第に暗くなっていく外の風景を眺めていた。その姿はもう一人の溺死人のようだった。泣いている様子はなかった、けれどもその目は水平線よりもずっと遠いところを見ていた。そっとしておくべきだとは分かっていたが、彼女のそばに近づいた時、私はこう聞かずにはいられなかった。「君は知っていたのか?」
「何のことかしら」
「知っていたんだろう? 彼はこのためにここに来たんだ。つまり、君のそばで死ぬために」

 妻は無言で立ち上がり、寝室に入っていった。私は飲み物を作ってソファーに座った。やがて夕暮れの光が消えていき、開け放った窓を通して、地中海からの生ぬるい風が部屋の中に吹きこんできた。

(挿画:エドワード・ホッパー「海辺の部屋」)

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