『道』 フェデリコ・フェリーニ監督   ☆☆☆☆☆

巨匠、フェデリコ・フェリーニの『道』を再見。これはまだフェリーニが無名の頃に作ったごく初期の作品で、後の『8 1/2』のような絢爛たるシュールレアリスム映画ではなく、普通の写実的な作品である。モノクロ映像でイタリアの貧しい村や大道芸人たちの生活が描かれる。私はフェリーニというとあの毒々しい表現主義的映像の印象が強いので、初めてこの映画を観た時は「へえー、フェリーニもこんな映画を撮るんだな」と変なところに感心した。ストーリーも哀感に溢れている。まあ、ピカソの「青の時代」のようなものかも知れない。そしてピカソも後のキュビスムより「青の時代」を好む人が多いように、フェリーニもこの『道』が最高というファンが少なくないようだ。

とはいえ、大道芸人やサーカスへの嗜好、「羽根をつけた綱渡り芸人」のような象徴性、そして明らかな狂気への関心など、フェリーニ世界の基本要素はすでにはっきりと見て取れる。イタリアのひなびた風物描写がある一方で、フェリーニ的豪奢さ、アクの強さもちゃんと存在していて、決してリアリズム一辺倒の地味な映画ではない。大道芸人と売られた女のロード・ムーヴィーという設定もかなり奇抜で、どことなく残酷なおとぎ話のような趣きがある。この映画を観た観客は純真なジェルソミーナの哀れな末路に涙を誘われるだろうが、決してそれだけのお涙頂戴映画ではない。

ストーリーはシンプルで、貧しい村に住むジェルソミーナは死んだ姉の代わりに大道芸人ザンパノに売られ、ラッパを吹いたり踊ったりしながら彼と一緒に町から町へと旅をする。ザンパノは身体に巻いた鋼鉄の鎖を引きちぎるという芸が売り物の、野獣のようにがさつな男である。ジェルソミーナには残酷な仕打ちを繰り返し、女と見れば誰彼かまわず言い寄って寝る。ジェルソミーナは耐え切れず逃げ出すが、また連れ戻される。やがてジェルソミーナはそんなザンパノにも愛情を感じはじめるが、友人の芸人をザンパノが殴り殺したのを見て頭がおかしくなる。ザンパノはジェルソミーナを道端に置き去りにする。数年後、ザンパノはジェルソミーナが死んだことを知る。ザンパノは夜の浜辺にさまよい出ていき、空に向かって慟哭する。

なんともかわいそうな女の話だ。が、私がこの映画を観ていつも異様に感じるのは、ジェルソミーナとザンパノの関係である。この二人の間に存在する絆、と言ってもいい。ジェルソミーナは果たしてザンパノが好きだったのだろうか。そしてザンパノはジェルソミーナが好きだったのだろうか。この質問に答えるのは難しい。いわゆる恋愛映画的な意味で二人が愛し合っていたとは考えられない。金で買ったジェルソミーナを虐待するザンパノはもちろん、ジェルソミーナもザンパノに恋愛感情を抱いていたとは考えにくい。ザンパノはジェルソミーナを「妻」と称したことがあるが、あれは人身売買の言い訳である。しかしながら、二人の間にはやはりある種の絆が存在する。単なる主人と使用人ではない。ジェルソミーナを置き去りにする時、ザンパノは彼女が好きなラッパを残していく。この残酷と優しさが入り混じった行為は観客を混乱させる。この二人は夫婦のようでもあり、仕事仲間のようでもあり、主人と奴隷のようでもあり、家族のようでもある。が、そのどれでもない。二人の間にある絆はこれと名ざすことができないのである。

これは恋愛映画でもなければ家族映画でもなく、もっと根源的な何かについて語っているように思える。それは例えば、人と人が寄り添って生きることの優しさ、哀しさ、残酷さのようなものだ。そこには癒しや優しさとともに、裏切りや虐待がある。ジェルソミーナが野獣のようなザンパノに「少しは私が好き?」と聞く時、そして「あなたといる場所が私の家なのね」と言う時、その真実性と不条理はいかなる映画をも圧倒するように思える。

この映画にはジェルソミーナ、ザンパノに続く第三の主要なキャラクターとして、綱渡り芸人のイル・マットが登場する。彼はカーニヴァルの夜、天使の羽根をつけてジェルソミーノの前に現れる。ジェルソミーナにラッパの旋律を教え、一方ではザンパノを手ひどく嘲弄する。ザンパノは彼のせいで警察に捕まり、サーカスの仲間たちから見放される。ジェルソミーナもザンパノに見切りをつけるべきかどうか迷う。彼女が「私はこの世界で何の役にも立っていない。それを考えると悲しい」と悩みを打ち明けた時、イル・マットはこう言う。「この石ころだって、何かの役に立っているんだ。何の役に立っているか、ぼくには分からない。それは神様だけが知っていることだ。石ころに価値がないのなら、星にだって価値はない」
この言葉でジェルソミーナはザンパノを待つことを決心する。しかし後に彼はザンパノに殴り殺される。彼の名前イル・マットは「狂人」という意味である。

ジェルソミーナを演じたジュリエッタ・マシーナが実にいい。美人とはいえない、どっちかというヘンな顔の女優さんで、最初見た時は「なぜこの女優?」と思ったものだ。日本で上映された時も、「いい映画だが、あの女優じゃ客は入らない」と言われたらしい。が、映画を観終わると誰だって、彼女以外にジェルソミーナを演じられる女優はいないと思うに違いない。ザンパノ役のアンソニー・クインも合っている。薄汚れてぎらついていて、肉食獣そのものだ。イタリアのひなびた町並みや風物を陰影豊かに映し出すモノクロ映像も美しい。音楽もいい。これはやはり、名画である。

“道 (2009-05-19)” への1件のフィードバック

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