『街の灯』 チャールズ・チャップリン監督   ☆☆☆☆☆

再見。これは英語版DVDを所有している。チャップリンの代表作といえば『黄金狂時代』『モダンタイムズ』あたりが有名だが、この『街の灯』も文句なく代表作の一つであり、最高傑作候補であることは誰もが認めるところだろう。チャップリンの泣きと笑いが最高の形で融合している。ギャグの洗練度も増し、前作の『サーカス』あたりと比べてもひときわシャープに決まる感じがあり、ロマンティック度に関してはもちろんチャップリン作品中最高だ。そしてなんと言っても、古今東西星の数ほど映画はあれど、これほど劇的なラストシーンを持つ作品は稀だと思われる。

いつものようにドタ靴に帽子というスタイルの放浪者=トランプが主人公。彼が盲目の花売り娘と出会い、恋をして、彼女を助けるために奔走するという物語だ。肝心なのは、花売り娘はトランプを大金持ちと勘違いしているということ。この設定が数々のギャグを生み、そしてあのラストへとつながっていく。

本作においては『黄金狂時代』の靴食べ、コッペパンのダンス、あるいは『モダンタイムス』の目隠しローラースケートのようにチャップリンの個人芸で感嘆させ、魅了するという場面はないようだ。印象に残るギャグ・シーンはボクシングの場面だろうが、あれも芸というよりはリズムと動きのアンサンブルによるコントである。しかし、笑える度はきわめて高い。それから本作においてはギャグの繰り返しが非常に巧妙に使われていて、ボクシングの場面はもちろんのこと、たとえばトランプが自殺願望のある大富豪を助ける場面などでも効果を上げている。冒頭のシーン、モニュメントの上で寝ていて叱られる場面もおかしいし、ショーウインドウの裸婦の彫刻を眺める場面も面白い。本作ではいつもより小ギャグの切れ味がいい。

盲目の娘と出会う場面でも、走り去る車の音でトランプが行ってしまったと娘が勘違いし、釣りをもらえないなどというギャグがあり、私はこういうのが大好きなのである。

(さてここからラストシーンに言及するので、知りたくない人は読まないように)










そして、あのラストシーン。あれこそまさにチャップリン渾身の一撃というべきシークエンスであり、一度観たら絶対に忘れられなくなる、あらゆる映画制作者を嫉妬で青ざめさせるエンディングである。手術によって目が見えるようになり、今は瀟洒な店で働く娘がトランプと再会する場面だ。

トランプはもちろん娘に恋しているし、娘も(真実の姿を知らないまま)トランプに恋している、あるいは憧れている。その二人がようやく再会するわけだが、あれをハッピーエンドと取るか、あるいは花売り娘がトランプに幻滅してしまう残酷な結末と取るか、おおざっぱに言うとこの二通りの解釈があることになっている。どちらを取るかは観客に委ねられているわけだが、しかし店に入ってくる金持ちの青年を見る娘の表情、などのそれまでの伏線からして、単純にあれを恋する二人の再会=ハッピーエンド、と見るのはあまりに無邪気で、無理があると思う。あの場面のあと、トランプと娘の間にロマンスが続くとはとても思えない。そもそも、トランプは娘に手術代を渡す時点でこの恋が成就しないことを知っている。

しかし、それじゃ娘がっかりという残酷なだけの結末か、というとそうでもないように思える。確かに娘は愕然としたはずだ、そして幻滅も覚えただろう。まず間違いなく、彼女の心の中にあったロマンティックな憧れは消えたはずだ。それまでの彼女は、言ってみれば夢を見ていたのである。しかし夢は終わった。彼女はようやく真実を知った。しかし彼女がもしそれまで映画で描かれていた通りの繊細な心の持ち主ならば、幻滅のあとにやってくる圧倒的な感情があるはずだ。それはもはやロマンティックな夢想とは無縁の、人間としての感謝、感動である。ぽんと大金を出して自分を救ってくれたのは大金持ちの青年貴族ではなかった、食うや食わずの貧しいトランプだったのだ。それが意味するところが分からない彼女ではないはずだ。トランプが自分のためにどれほどの犠牲を払ったか、それが分からないはずはない。

私には、これ以上感動的な結末はないように思える。彼女はようやく娘らしいロマンティックな夢から覚め、人生の厳しさと素晴らしさ、つまりは真実を目の当たりにする。彼女の目は、最後にもう一度開くのである。

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